2010年10月19日

Feuer und Schwert

トリイゾ映画ドイツ版「Feuer und Schwert(炎と剣)」。興味がわいてきて独アマゾンでDVDを購入してみた。

昨今の円高事情により、送料含め2400円ほどで入手。PAL方式なのでPCで滞りなく再生できた。

IMDBによる映画情報。
Feuer und Schwert - Die Legende von Tristan und Isolde
Release Date:15 January 1982 (West Germany)

Christoph Waltz ... Tristan
Antonia Preser ... Isolde
Peter Firth ... Dinas
Leigh Lawson ... Mark
Walo Lüönd ... Gorvenal
Christine Wipf ... Brangane

Original Music by
Robert Lovas

Cinematography by
Jacques Steyn

Writing credits
(in alphabetical order)
Veith von Fürstenberg story
Max Zihlmann writer

Directed by
Veith von Fürstenberg


が、収録言語はドイツ語のみ。字幕もなけりゃ英語なんておまけもない。もちろん全然分かりません(泣)。こりゃ90分間映像見ながらツッコミとネタに走るしかないよ。

初っ端からいかにも80年代初頭のテクノシンセ音楽。ビヨ〜ンびよ〜んとヴァンゲリスの五番煎じみたいな安っぽさ。YMOのライディーンのほうが100万倍カッコいいと断言できる(笑)。
何しろわたしのテキトー耳コピでもそれっぽく再現できる単純な旋律(製作時間1時間)。御大作品を多少なりとも参考にすりゃいいものを。冒頭から激しく鑑賞意欲を削ぎ取る音楽だ。
http://pippo.sakura.ne.jp/mp3/FS1.mid

オープニングシークエンスはモロルトとの聖サムソン島での決闘。それまでの経緯が簡単にテロップで流れる(多分)。
決闘場面がまた凄まじいんだ。お〜いマトモな武術指導いないのか。まるで甲冑コント(笑)。いや鎧ってホントに重いんだろうってことが良く分かるけどさ。もさもさしてるったりゃありゃしない。日本のサムライソードチャンバラがいかにキレ良く所作が美しいか、往年のエロール・フリンやダグラス・フェアバンクスの剣戟の身のこなしがいかに軽やかに颯爽としていることか。オズの魔法使いのブリキ人形のほうがこれよりまともに動くぜ。
一言で言うなら、ブリキ缶対ブリキロボット。鉄人28号VSロボコン。
ギコンガコンバタン。
トリスタンが勝ったのは、モロルトが落馬して頭を岩にぶつけたせいとしか解釈できなかった(笑)。
F1.jpg




トリスタン
F7.jpg
経歴見るとこのとき26才か。映画デビューが主役じゃ張り切っちゃうわね。ここから頑張ってついにオスカー獲得。
ロミオの頃のディカプに雰囲気が似ているとも思えなくもない。年齢の割に思春期特有の若々しさや繊細さの名残をわずかに留めている。手垢の付いていない新鮮さが画面からもよく出ている。(B地区も初々しいピンク色だし。笑)
一途で無謀で突っ走っちゃうのは若さの特権。振り回される周囲は大迷惑なんだけど。


イゾルデ
F2.jpg
こちらも可憐で可愛い。二人並ぶととてもお似合いで絵になる。フレッシュカップル。楽劇でもこの容姿なら容易にドップリ感情移入できるのに。プラチナブロンドが光に映えてとてもきれい。文字通りの「金髪のイズー」だわね。ふんわり垂らしているのとか三つ編みとか編み込みとかアップとか髪型見ているだけでも飽きない。

「くろーすたー」という単語が聞こえる…ような気がする。Kloster? 辞書ひいてみると修道院。トリスタンが匿われたのはアイルランドの修道院で、イゾルデは修道院に預けられた貴族の娘とかで、タントリスはイングランドでは修道院付きの下男だったとか身分を偽っているようだ。この嘘が後々の悲劇につながった…のかな? 聞き違いの勘違いかもしれないけど。


あちらにはボカシなんてバカげた慣習はないわけで。もちろん局所もバッチリ映りこんじゃうワケだ。
で、最初に目にしたブツがモロルトの死体のソレ(笑)。何故「ら」になる必要性が? なんかあんまりうれしくない。
モロルト役のヒトも気の毒ね。素顔はほとんど映らずに、登場場面はブリキ姿とすっぽんぽんのマグロ状態だけなんだもの。

モロルトの頭蓋に刺さっていた破片とトリスタンの剣の刃こぼれが一致したときに流れる音楽。
http://pippo.sakura.ne.jp/mp3/FS2.mid
「トッカータとフーガ」の冒頭アレンジ? 
発想が安易、あまりにチープすぎる。作曲担当、小学生レベルかよ。他にも2,3回聞いたかな、コレ。
頭をよぎるのは「鼻から牛乳〜」(笑)。


で、正体がバレて沐浴中のトリスタンのところにイゾルデが襲いに行く。水もしたたる好いオトコ。ハイ、ここが作品中最大のサービスカット(笑)。この場面で2400円の元を取りましょう(笑)。ヴァルツ君のムスコが半ば反応しているところがリアル(笑)。


別れの場面。
F3.jpg
唇が触れた後に、ぐっと手を胸に引き寄せるところがポイント高い。言葉分からなくても(ん〜多分「もう来ない」とか言ってるっぽい?)誠意と感謝の気持ちは充分伝わってくる。こういう繊細な演技はいい。わたしがイゾルデだったらキュンキュンときめいちゃうかも(笑)。


トリスタンにしてみればマルケ王の花嫁のイゾルデを迎えに行くと同時に、自分も修道院の同名のイゾルデちゃんにも会えるかもとか思ってたとか。事情をイゾルデから説明を受けている(?)ときに、涙を流している。イゾルデもコーンウォールの使いが、自分が治療しモロルトを殺したトリスタンだとは事前認識がなかったようだ。


薬を作るイゾルデ。
F8.jpg
多分中身は惚れ薬だと思う。言葉分からないけど。ブランゲーネに説明してるっぽい。「りーべ」とか「えんどりっひ」とか聞こえる。

で、トリスタンに杯を勧める。
F9.jpg
惚れ薬じゃなくて、酒で酔いつぶれさせてイロ仕掛けで迫っても結果は同じだったんじゃない? 結構積極的で大胆なイゾルデちゃん。

家政婦は見た
F10.jpg
ブランゲーネは前後から察するに、マルケ王とイゾルデが薬を飲むと思ってたみたい。
まさかのチョメチョメ場面を眼前に呆然自失。
http://pippo.sakura.ne.jp/mp3/FS3.mid
ラブシーンになるとテーマ曲もピンク調に変化(笑)。マジ勘弁して、音楽。


家来たちは見た
F11.jpg
結婚式の机の下で、仲人と花嫁が手をつないでちゃいけません。


・登場人物
マルケ王
F5.jpg
あごひげがちょっとベルント・ヴァイクル系? なかなかいいオトコ。

悪者4人衆
F4.jpg
全員報いに遭います。ってかトリスタンよりよっぽど国のこと思ってるのになぜ敵にされちゃうのかよく分かんない(笑)。ポール・ベタニーに似ているヒトがいる。

ディナス
F6.jpg
とっても良い人。こちらもポール・ベタニーにペーター・ホフマン入ってるっぽい。

クルヴェナール
F12.jpg
わがままで気まぐれなご主人に最後まで誠意をもって尽くす忠義の男。ブランゲーネもだけど何故そうまでして仕えるのか?

俳優陣は容姿も演技(言葉分かんないけど。笑)も適材適所って感じがする。主演二人に魅力があるので最後まで退屈せずに引き込まれる。

一通り見ての感想。
映像はソフトフォーカスを基調にして、きれいに撮っている。が、経年劣化も激しく、粗くなっているところもあり、デジタル修復等が必要だと思う。
媚薬、トリスタン跳びや小儒、もう一人のイゾルデなど物語の基本的なところや細かいところも一通り網羅して押さえており、その点ではハリウッドのなんちゃってトリスタンよりよほど評価できる。
衣装は職人芸を感じさせる意匠を凝らしたもの。デザインも色合いも映像に映えて美しい。
セットやロケも中世の雰囲気をよく出していると思う。さすがに本家、ハリウッド版と異なり、時代考証的に疑問なところもなかったかな。
あとはチャンバラ場面をどうにかして、音楽をさしかえればイイ線いくかもしれない。
posted by ぴっぽ at 13:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

2009年01月29日

ロマンの原点を求めて・メモ

文献資料を読んだので備忘録代わりに簡単に感想を。

489176693Xロマンの原点を求めて―『源氏物語』『トリスタンとイズー』『ペルスヴァルまたは聖杯物語』
中山 眞彦
水声社 2008-09



西欧の二つのロマンの後半部では、その前の英雄物語を組み立てていた思想や価値観が批判されたり、おのずから崩壊したりする。『トリスタン』と『ペルスヴァル』では封建社会の主従の定義や騎士道のモラルなどだ。図式化して言えば、ロマンは英雄物語+英雄物語脱構築として定義することができる。とくに後者の脱構築の側面がロマンの特徴であり、これによってロマンは、同じ物語叙述でありながらも、歴史物語からはっきりと袂を分かつということができる。(173頁)


・トリスタンの前半=英雄物語(モロルトとの決闘、竜退治、イズー姫獲得)

媚薬(メルヴエユ「不思議」)以後

後半=英雄物語脱構築(密会、露見、言い繕い、そしてまた密会、露見、駆け落ち、虚偽の潔白証明、そしてまたまた密会 41頁)


ロマンに必要な力の作用→ロマネスク=メルヴエユ

・メルヴエユとは…
トリスタン→「媚薬(フィルトル)」
ペルスヴァル→「聖なる器(グラール)」
源氏物語→「あやし(もののけ)」

・トリスタンと源氏の比較
エディプス・コンプレックスの観点で
藤壺との密通〜伊勢物語「狩の使い(伊勢の斎宮)の段」との共通点
「現とはおぼえぬぞわびしきや」

トリスタン佯狂
女三宮の猫を猫可愛がりする柏木の狂気
伊勢物語「鬼一口の段」との共通点
「いづちいづちも率て隠したてまつりて」


(メモ)
「フィルトル(媚薬)」は現代仏語訳が用いている語 12Cには存在せず
ベルールでは「愛の飲み物」「薬草を入れたワイン」

クレチアンにおいては「グラール≠聖杯」
後継作者がキリストの聖杯と結びつけた。
グラールの形は「深皿」

ペルスヴァルの実の父は「漁夫王」(アンフォルタス)?
両脚の間(腰)に傷を受けた個所が同じ
posted by ぴっぽ at 16:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献

2007年04月17日

風雅本系の考察

・風雅本系の考察 〜トマとゴットフリート

 流布本系の考察で述べたとおり、「トリスタン物語群」には、

 『流布本系』と『風雅本系』の大きな二つの流れが存在します。

 この二つを押さえておけば、まず間違いない、と言えましょう。


 風雅本系の作者Thomas d'Angleterre(Thomas of Britain)つまり、トマ・ダングルテール、ブリテンのトマの詳しい出生はほとんど明らかになっていません。ヘンリー二世とアリエノールのプランタジネット宮廷に仕えたのだと推測されています。「トリスタンとイズー(Tristan et Iseut)」を記したのは1155〜1210年頃までではないかと諸説幅広く、一番有力なのは1170〜1175年頃説です。

 トマのトリスタンで現存しているのは、

 G.【大松】の一部

 K.【白い手のイズー】途中から最後まで

 L.【狂えるトリスタン】の断片

 M.【白い帆、黒い帆】

 になります。

 この中からトマの特徴を抜き出してみると、
 ・マルケ王の居城はロンドン
  通常はティンタジェルですが、プランタジネット朝の首都賛美の意味合いが入っているのでしょうか?

 ・彫像の部屋
  イズーと別れたトリスタンは、一室にイズーとブランガンそっくりの彫像を作らせ、日がな時間をそこでつぶしています。
  口付けしたり、ブツブツと恨み言を言ったり、傍目から見ると非常に気味悪い状況ですね(笑)。
さてトリスタンはあの大いなる愛の喜び、心痛と苦悩、苦痛と激痛とをイズーの彫像で思い起こす。
 うれしいときは何度も口づけし、苛立つときは怒りを向ける。 (A.295頁)


 ・美男のカリアド
  同じ頃イズーの前には、美男で大金持ちのカリアド伯が現れます。
  イズーに熱心に求愛しますが、もちろん取り合ってもらえず。
  トリスタンはカリアドの存在を知り、イズーが心移りするのではないかとやきもき(彫像に八つ当たり)。
そこへ、突然カリアドーが現れた。
広大な領土を持つ大々名にして美しい城と美田の主である。
妃の愛を得るために宮廷に同候していた。
イズーはこれを、大外れた愚かなことを、と考えている。
トリスタンがこの国を去ってこのかた、もう幾度となくイズーに愛を求めている。
このたびもまた言い寄るためにきたのである。
けれど、どれほど妃にせっついて働きかけても功を奏したことはない。 (B.644頁)

あの美男のカリアドーだ、彼のことが気にかかる、
この男にあの女は愛情をかけはしないか、
夜昼となく、妃の傍に侍って、妃に傅き、妃を口説き、
ときには侮辱を加えたりしているのではないかと。  (B.651頁)


 ・小(小人の)トリスタン
  戦の加勢を依頼し、同じ名前のよしみで協力したトリスタンとカエルダンが結局命を落とすことになる禍の元凶。
  流布本ではカエルダンの愛人がらみのごたごたですので、小トリスタンの登場は「風雅本」独自の展開です。


   
 トマのトリスタンを訳したと思われる派生品は
 1.ロベルト僧(Brother Robert)によるノルウェー語訳「トリストラム・サガ(Tristrams saga ok Isondar)」 1226年
 2.英語訳「サー・トリストレム(Sir Tristrem)」 13〜14世紀
 3.「トリスタン佯狂」(短編)オクスフォード本 12世紀末
 4.イタリア語訳「タヴォラ・リトンダ(Tavola Ritonda)」円卓物語 14世紀


 3の『オクスフォード本』に関しては邦訳が白水社の「フランス中世文学集1」、思潮社の「もの狂いトゥリスタン」(天澤衆子訳)で出版されています。白水社の書籍にはもうひとつの現存している『ベルン本』「トリスタン佯狂」(短編)も収録されていますので、比較されると良いかと思われます。

 ベルン本→流布本
 オクスフォード本→風雅本


 に準拠しているようです。
 他の1.2.4に関してはおそらく邦訳は出ていないんじゃないかと。より詳しい方の補足をお待ちしてます〜。(これらはわたしも読んだことがなく 汗)


 そして風雅本トマの派生作者もう一人が、われらがゴットフリート・フォン・シュトラースブルク(Gottfried von Strassburg)です。トマ本を翻訳、省略削除されていると思われる1〜4の作品に比べ(多分)、ゴットフリート本はトマを下敷きに物語をより膨らませ、作者の解釈を加え、発展再構築した独自のものだと思われます。ゴットフリートについてはドイツ、シュトラースブルク(仏アルザス地方現在のストラスブール)出身であること、騎士ではないこと、そして1210年ごろにトリスタン執筆中未完のまま死亡したこと以外ははっきりしていません。しかしゴットフリートがトリスタンを遺していなければ、トリスタン伝説はワーグナー御大の目に留まることなく、わたしたちは御大の傑作のひとつに接することも無く、そしてこのブログも存在しなかったことでしょう(笑)。

 ゴットフリートの序章がこちらの文章です。
わたしはよく知っている、トリスタンのことを物語った者はたくさんいたが、彼のことを正しく物語った者は多くはいなかったことを。(略)実際彼らはそれを善意でしたのであって、ひとが善意でしたことは、またよくもあり立派でもある。にもかかわらず、彼らが正しく物語らなかったと言ったのは、彼らが、かのブリタニエのトマ、すなわちその人自身物語作者であり、ブリタニアの本ですべての君主たちの伝記を読み、それを我々に伝えてくれた、あのブリタニエのトマが語るような正しい筋道では語らなかったという意味なのである。 (C.4頁)

 トリスタン物語はたくさんあるけど、トマが正しいんだぞ、トマ本をボクは下敷きにするんだぞ、というゴットフリートの宣言ですね。
 この前置きで思い出されるのはエストワールの回で述べたトマの
 

 このトリスタンをお話に仕立てて
 それで物語する人々は、なべて
 いろいろ違った話にするのが慣わせ。
 わたくしも、多くの人々のかかる物語を聞き申した。
 それぞれの作者の、語り出でる話を耳に致し、
 またこれを、筆に認めたものをも読み申した。
 それがしの耳に致したところから判断すれば、
 何人も、ブレリについて話す人はおり申さぬ。
 このブレリと申す人は、これまでブルターニュの国に
 生存いたされたすべての王者と、すべての諸侯の
 史と物語に悉く通暁していたひとにござる (B.719頁)

 トマがブレリを手本にしたように、ゴットフリートはトマを参考にしているわけです。

 ゴットフリートで現存している部分は
 A.【生い立ち】〜K.【白い手のイズー】の途中まで。
 トリスタンが白い手のイゾルデの結婚を前に思い悩むところで断筆です。
 
 トマの現存部分がK.【白い手のイズー】からとなっているのが不幸中の幸いで、ゴットフリートが参照にしようとした部分を繋ぎ合わせて、そこから風雅本系トリスタン物語の全容を推察することが出来ます。逆を言うならトマの喪失欠落部分をゴットフリートの文章及び先程紹介した1〜4の資料から推理していくことも出来るわけです。


 ゴットフリート本の特徴としては
・「愛の洞窟(ミンネグロッテ)」
 まずこちらですね。「モロアの森」の代わりに二人が逃避する場所です。
 
 洞窟は円くて広く、まっすぐ垂直に高まり、周りの壁は平らで凹凸がなく、純白であった。円天井は上で見事に接ぎ合わされていて、上の要石のところには王冠があったが、それは金銀細工で大変美しく飾られ、宝石が見事にはめ込まれていた。また下の床には草のように青い大理石が敷いてあって、それは滑らかでぴかぴかと見事に光り輝いていた。その真中に、水晶を見事に彫ってつくった、高くて広々とした清らかな寝台があって、その周りに彫り付けられた文字は、これが愛の女神に捧げられた旨を記していた。(C.286頁)

 二人は互いに相手を見ることによって身を養ったのであって、目が結ぶ実が二人の食物であった。彼らはそこで気持ちと愛情のみを食べた。愛し合う同居者には食事の心配はなかった。(C.287頁)

 この「愛の洞窟」はタンホイザーにも出てくる「ヴェーヌスブルク」ではないか、と皆さまと意見したことがありますね。
 しかし愛だけ食べて生き延びられるのはいくらなんでも嘘だろと(笑)。モロア森の小屋に比べ、より理想的観念的すぎる空間ですね。

 その他ゴットフリートの細かな特徴を簡単に。
・傷の治療にトリスタンが向かった先は初めから(偶然ではなく)アイルランド。
・傷を治すのはイゾルデではなく母の王妃
・タントリスはイゾルデの音楽教師になる
・求婚のきっかけは金髪を咥えた燕ではなく、トリスタンのイゾルデ賛美の話から
・媚薬を飲む順番 従来は侍女→トリスタン半分→イゾルデ残り
 ゴットフリートでは侍女→トリスタンは飲まずにイゾルデへそのまま渡す→イゾルデはいやいや飲む→トリスタン
・二人が周囲の不倫疑惑を切り抜ける話がいくつか追加(マリョドーのイノシシの夢、知恵比べ、小人のメロート)
・媚薬後〜告白までの心理描写、また白い手のイゾルデとの結婚を前に思い悩む心理描写が丁寧
・魔法の鈴をつけた仔犬プティクルの挿話
・二人の間に横たわる抜き身の剣の理由(前日に狩りの角笛と猟犬の声を聞いたため、マルケ王に発覚するのではと察しをつけた)

 になりますね。



 流布本の回で述べたように、
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「流布本」と「風雅本」の最も大きくわかりやすい違いは、媚薬の有効期限があるかどうかということです。
二人が飲む媚薬には、「流布本」ではその最たる効果は、3年もしくは4年と言う期限が設けられています。
「風雅本」では有効期限はありません。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 風雅本(ゴットフリリート)における媚薬を飲む前の二人の関係について簡単にまとめておきましょう。

1.出会い。毒の怪我を負い、唯一癒せる王妃の治療を受けに来た楽人タントリスの演奏を、王妃と読書や音楽の知識に長けた娘のイゾルデが聴く。
 そこで彼の竪琴が取り寄せられ、また若き王女を迎えにすぐ人がやられた。この後彼の胸に封をしてただ一人彼女を除いて、この世のすべてのひとを締め出した愛の真の封印となる麗しきイゾルデも、そこへやって来て、トリスタンが座って竪琴を弾いているのを至極熱心に傾聴した。そのとき彼は、これまでにしたよりもはるかに巧妙に竪琴を弾いた。それというのは、自分の不幸ももう終わるという希望を得たからで、彼は二人のために、死にかけた人とも思えぬほど歌い且つ弾いて聞かせ、元気の良い人にしか出来ないように生き生きと演奏し始めた。二人のために手と口とで、あんまりうまくやってのけたので、たちまちのうちに二人の寵愛を得、それは甚だ彼に幸いした。 (C.129,130頁)

2.家庭教師タントリス。傷癒えたタントリスは熱心に生徒イゾルデに指導する。イゾルデは瞬く間に語学、礼儀作法、音楽を習得する。
 そのときから若き王女はずっと彼の教えを受け、彼女の指導に彼は専心し、時間を費やした。いま一つ一つ取り立てて言おうとは思わないが、理論的な知識であれ、演奏の技巧であれ、彼が心得ていた最善のものを一つ一つ彼女の一覧に供し、その中から自分に相応しいものを選んで学ばせた。美しきイゾルデは次のとおりにした。彼女は彼の心得ているすべての芸能の中で最も優れていると思ったものに早速とりかかって、いったん手がけたことにはどこまでも熱心であった。また前に習った事も大いに役立った。彼女はそれまでにも手と口とで行われる立派な技能と宮廷風の立ち居振る舞いとを充分身につけていた。  (C.132頁)


3.イゾルデ賛美。コーンウォールに帰国したトリスタンはアイルランド王女の美しさについて人々に説明する。
 「イゾルデは、世間で言われるどんな美しさも、この人に比べれば無に等しいような乙女です。この光り輝くイゾルデは立ち居振る舞いといい、姿といい、こんなに好ましいすぐれた子供は、男といわず女といわずこれまでに生まれたことがなく、これから先も決して二度と生まれることがないような立派な子供です。汚れなく光り輝くイゾルデは、アラビア産の金のように無垢です。
 (以下延々と続く…略)
 あの光り輝く好ましいひとがすべての国を照らすのです。皆が女をたたえていろいろと申しますが、それもこれもこの人に比べればまったく取るに足りません。ひとはイゾルデの顔を見ただけで、丁度灼熱によって金が精錬されるように、その胸と心が清められ、生命と体が好ましいものに思われてくるのです。といっても、誰もが考えるように、彼女のために他の女の人が影を薄くされたり、面目を失わされたりするようなことはありません。彼女の美しさは女性全体を一層美しいものにし、引き立たせて、それに栄冠を戴かせるのです。ですから、他の女の人たちは誰も彼女を恨む必要はありません」    (C.138頁)


4.竜退治。竜の毒に倒れたトリスタンを、イゾルデ母娘、ブランゲーネが発見する。
 王女のイゾルデは彼をじっと見つめていたが、「このひとに会ったことがあるとしたら、このひと、あの楽人のタントリスよ」   (C.157頁)

 タントリスはトリスタン。ご存知の通り湯浴みをしているときに正体が露見。
 「わたし達はあの人を二度も助けてやったのだ。助けたって? いいえ、今度は助かりっこないわ。この剣があの男の最後とならねばならないのだわ! さあ急いで行って遺恨を晴らせ、イゾルデ! 伯父を殺したこの剣で、あの男が殺されれば、それこそ存分の復讐というもの!」
(略)
 「わたしのためにご自分のご身分をお忘れになりますな。あなたさまはご婦人でお姫さまでいらっしゃるのですぞ。人々があなたに対して殺害の罪をうんぬんするようなことになれば、好ましいイゾルデさまの名誉は永久に失われます。アイルランドからさし昇り、多くの人の心を喜ばせた太陽は、ああ、そうなったらもうおしまいです! ああ、その白いお手、そのお手にどうして剣が似合いましょう」  (C.170頁)

 どうにかようやく和解成立。
 こうして彼女らは三人とも彼に口づけをした。しかしながら、王女のイゾルデがそれをしたのは、長いあいだしぶった後、ようやくの思いでしたのであった。   (C.176頁)

 裁きの席での女性三人のトリスタン評。
 彼は席を外し、到着した衣装を身につけて、意気揚々たる騎士にふさわしいように立派に、我が身を着飾ることに専念砕心した。実際またこれらの衣装は申し分なく彼に似合った。彼が再び婦人たちのところに入ってきて彼女らがその姿を見たとき、婦人たちは彼をひそかに評価して、いろいろと考えた。彼女らは三人とも彼を美しく好ましいと思った。この三人の幸多き人々は皆すぐこう考えた。「本当に、この人は男らしい人だ。その衣装と姿が一つになって申し分のない男を形づくっている。それらが互いになんと良く似合うことだろう。身につけているものは何もかも皆素晴らしい」    (C.182頁)


5.婚礼の船
 いまや婦人たちにはトリスタンの計らいで、航海中くつろぐことが出来るように専用の船室が与えられた。そこには王女が侍女たちと一緒にいて、時々トリスタンが来るほかは男は一人も入って来なかった。彼は時々そこへ行って、泣きぬれて座っている王女を慰めた。彼女は自分がなじんでいる土地とすべての親しい人々に別れて、身も知らぬ国の人々と、行く先も、どうなるかも知らずに、航海しなければならないことを泣いて嘆いた。トリスタンは彼女の悲しんでいるところへやって来る度に、いつもできるだけ優しく彼女を慰めた。彼は彼女を自分の腕の中にいと優しくそっと抱いたが、それはまったく臣下が女主人に対してする恭々しいやり方であった。この忠実な人は、こうすれば美しい人の苦しみを和らげることができると本当に思っていたのである。それなのに、彼が彼女を抱くたびごとに、美しいイゾルデはいつも自分の伯父の死のことを思い出して、彼に向かって言った。「およしになって、船長、おどきになって。その腕をのけて下さい! あなたは本当にうるさい方ね。何だってわたしにおさわりになるの」「おや、美しい方、わたしのすることが間違っているのでしょうか」「そうですとも、わたしはあなたを憎んでいるんですもの」「いとしの姫よ、それは何故でしょう」「あなたはわたしの伯父をお手に掛けられました」「そのことなら和解できたじゃありませんか」「そんなことどうだっていいわ。わたしはやはりあなたがいやなの。だってあなたという方がいらっしゃらなかったら、わたし、こんなに苦しむことも心配することもせずに済んだでしょうから。あなた一人が嘘と偽りと策略とで、こんな苦しみをみんなわたしにお負わせになったのです。何だってあなたはわざわざわたしを苦しめにコーンウォールからアイルランドへやってこられたのでしょう」    (C.194頁)


 以上が風雅本(ゴットフリート)における、媚薬を飲むまでの二人の関係になります。以前取り上げた流布本と比較すると、かなり異なるのがお分かりになるでしょう。(流布本では媚薬まで二人の間には憎しみ〜和解しかありませんでしたね。)
 竪琴の演奏がきっかけになって、まず音楽で結びつく二人。タントリスが帰国し、別れた後もお互いの印象は強く残っています。
 それが3のトリスタンのイゾルデ賛美ですね。この世で形容しうる限りの美辞麗句を並べ立てる熱心な口調は、トリスタン自身がその美に魅せられているから、家臣やマルケ王の心をも動かすのです。
 4ではその場に居合わせた4人の中で、竜を退治した謎の騎士を、楽人タントリスだと一番最初に見破ったのは他ならぬイゾルデです。これはイゾルデも家庭教師の姿を記憶にとどめているからですね。
 5ここは一番わたしの妄想が走りやすいところなのですが(笑)。ワーグナー御大ではトリスタンはイゾルデに何度も請われるまで部屋を決して訪れませんが、ゴットフリートでは足繁く(?)通ってますね。わたしなら、イゾルデが泣いている別の理由、トリスタンがそっと抱擁する裏の理由をあれこれ勘繰って、ひとりニマニマする部分です(オイ気持ち悪いぞ 笑)。後半抜き出した会話部分は、ワーグナー御大の一幕5場のやり取りとの類似点を見て取ることが可能でしょう。

 つまり流布本における「憎しみ〜和解」以上に、トリスタンとイゾルデの間の糸は深く絡み合っています。そこから好意、仄かな愛情を汲み取れないでしょうか?

 最後にゴットフリートにおける媚薬の定義を抜粋しておきましょう。
 これをどんな人とでも一緒に飲めば、その人を心ならずも何物にもまして愛せずにはおれず、相手もまたその人のみを愛するようになって、この二人には一つの死と一つの生、一つの悲しみと一つの喜びが共有のものとして与えられるのであった  (C.192,193頁)

 3年4年の有効期限は取り除かれていますね。
 また媚薬の秘密をブランゲーネから打ち明けられたときのトリスタンの答え。

 「その結果は死であるにせよ、生であるにせよ、わたしは気持ちの良い毒を盛られたのだ。本当の死がどんなものかは知らぬが、このような死なら、わたしには快い。このようにして好ましいイゾルデがいつまでもわたしの死であるのなら、わたしは喜んで永遠の死を求めるであろう」    (C.210,211頁)


 ゲイスや媚薬によって不可抗力に受動的にひきずりこまれるようにして始まったトリスタンとイゾルデの愛は、ゴットフリートに至るまでにはトリスタンが自発的、自由意志によって媚薬を選び取るところまできたのです。



*******************
 毎回長文スミマセンです。
 次回はいよいよ円卓の騎士トリスタン、マロリーの「アーサー王」について述べてみたいと思ってます。




<参考資料>
*文献
A.「フランス中世文学集1 信仰と愛と」 新倉俊一訳 (白水社)
トマ、トリスタン佯狂「オクスフォード本」

B.「トリスタン伝説 −流布本体系の研究-」 佐藤輝夫著 (中央公論社)
トマ

C.「トリスタンとイゾルデ」 ゴットフリート・フォン・シュトラースブルク 石川敬三訳 (郁文堂)

「もの狂いトゥリスタン」 天澤衆子訳 (思潮社)
トリスタン佯狂オクスフォード本の訳出



*HPのオンラインテキスト

・Thomas d'Angleterre
Tristan et Yseut

Tristan et Iseut
≪ La nuit de la Saint-Jean ≫

≪ La mort des amants ≫

http://fr.wikisource.org/wiki/Tristan_(Thomas_d'Angleterre)


The Carlisle Fragment of Thomas's Tristan



・Gottfried von Strassburg
Tristan

BIBLIOTHECA AUGUSTANA

Albert K. Wimmer Anthology of Medieval German Literature(Table pf ContentsのIV The Classical Period: 58 (~1170-1230) 224〜261)
posted by ぴっぽ at 19:12| Comment(6) | TrackBack(0) | 成立と発展

2007年04月02日

トリスタンとイゾルデのDVD

B000O76EGIトリスタンとイゾルデ
ジェームズ・フランコ ケビン・レイノルズ ソフィア・マイルズ
20世紀フォックスホームエンターテイメントジャパン株式会社 2007-06-02



 ということで、DVD発売は6月2日の模様。
posted by ぴっぽ at 09:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

2007年01月12日

クリジェス

*クレチアン・ド・トロワの「クリジェス」

 本日は流布本から風雅本への繋ぎの意味をこめて、補遺というか、番外編。クレチアン・ド・トロワについて、少々語ってみたいと思います。

 クレチアン・ド・トロワ(Chretien de Troyes 1135〜90?)は12世紀後半に活躍したトルヴェール。ここでは「ベルナルト・デ・ヴェンタドルン」の項で述べた、アリエノール・ダキテーヌの最初の夫、フランス国王ルイ7世との間に生まれた娘、マリー・ド・シャンパーニュの宮廷に仕えていました。アリエノールとマリーが持ち込んだ「宮廷風恋愛」の発展に尽くしたと言えましょう。

 わたしたちがクレチアンを知っているのは、「ランスロまたは荷車の騎士」の作者として、またはワーグナー御大の「パルジファル」(ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ)へと繋がる原作者として、いうことになるかと思います。「クリジェス」を執筆したのはこのニ作品より前です。
 クレチアンももちろん一世を風靡していた「トリスタン」を知っていました。「トリスタン」に対して相当複雑な感情を抱いていたのは確実のようです。才ある詩人としての本能が、「トリスタン」こそ自分が正面きってぶつかり、乗り越えなければならない壁だと感じていたのだと、わたしは勝手に推測しています。(違ったらゴメンナサイ、クレチアンさん)

 まずはベルナルトの傑作「陽の光に向かいて雲雀が」を元にしてクレチアンが書いた詩「愛は私から私を奪い(D'Amors, qui m'a tolu a moi)」の一部をご紹介しましょう。

 トリスタンが毒におかされたOnques du buvrage ne bui  
 飲薬を私は決して口にしなかった;Dont Tristan fu enpoisonnez ; 
 誠の心と誠の意志がMes plus me fet amer que lui  
 トリスタン以上に私を愛へと向かわせる。Fins cuers et bone volentez.

 つまり恋愛の発生理由として「媚薬はどうよ?」とクレチアンは考えていたわけです。
 また、クレチアンは「マルク王と金髪のイズー」という短編も執筆しているようです(現在は消失)。

 そして、クレチアンの一連の「トリスタン物語」に対する回答が、長編「クリジェス」になります。
 「クリジェス」は1176年頃に発表(つまりべルールやアイルハルトと同時期?)、一般的には「反トリスタン物語」として考えられています。残念ながら邦訳はいまだ出ていません。
 よってご想像の通り、わたしはまだ読んだことがありません(←オイ!)
 また学者によっては「クリジェス」は「超トリスタン」または、「新トリスタン」の名に値するものであるようです。
 要するにトリスタンの骨組みを保ちながら、設定や人物は自分の解釈を加えて行った独自のものです。

 (まあ平たく言えば、非常に水準の高い「二次創作」のようなものではないかと…。あ、こんなこと書くと袋叩きに合いそう? 笑)

 クレチアンが定本にしたのはトマ(1173年頃発表?)の風雅本「トリスタン」であるらしいです。残念ながらこのトマ本も完全な形では残っておらず、トマを参考にしたゴットフリートから元の形を推測していくしかありません。このトマとゴットフリートの「風雅本(騎士道物語本)トリスタン」については次回にもう少し詳しく述べたいと思います。

 
 「クリジェス」についてわたしが知っているのはあらすじだけですが、それをさらにかいつまんで紹介しましょう。

************

 物語の第一部はクリジェスの両親、ギリシャのコンスタンチノープル皇帝の長男アレクサンドルと、ゴーヴァン(つまりガウェイン)の妹ソルダモール(恋する金髪娘の意味だそうです)が、ブルターニュのアーサー王の宮廷で繰り広げる恋物語。つまり、この部分はトリスタンなら両親のリヴァランとブランシュフルールの恋に相当します。
 両思いではあるものの、なかなか告白できない二人。自分の下着にソルダモールの金髪が縫い付けてあるのを発見して、こっそり狂喜するアレクサンドル。そしてグニエーヴル(グウィネヴィア)がキューピッド役を務め、ついに二人は結婚する。愛の結晶クリジェスの誕生。


 第二部はコンスタンチノープルから。皇帝の崩御により、長男アレクサンドルと次男アリス(アレクシス)の帝位争いが勃発。アレクサンドルはクリジェスを跡継ぎにすることと、アリスが結婚しないことを条件に帝冠を譲る。
 まもなくアレクサンドルは病死し、妻ソルダモールも後を追うように亡くなる。クリジェスは孤児になる。

 皇帝となったアリスは家臣たちの懇願に負け、ついに亡兄との約束を違えて妻を娶ることにする。白羽の矢が当たったのはドイツ皇帝の娘フェニス。ケルンで行われた婚礼の席で、フェニスはクリジェスと出会い、お互いに一目で恋に落ちる。
 『私を絶望させるのは、私の愛する人が、私の結婚しなくてはいけない相手の甥にあたる、ということなのです』
 しかし、イズーとフェニスは違った。

 私にはイズーのような生涯は我慢できません。あの人の行動は愛の神を著しく卑しめるものです。心が一人のものであったのに、身体には二人の享受者がいたのですもの。二人のものになっているのを断ることも無く彼女は一生を過したのよ。そのような愛は狂気の沙汰に他ならないわ。(略)。私の身体は売女のようには絶対なりませんからね。二人の男性に分け与えるなど滅相もないことです。身体は心を委ねられた方のものになるのが当然ではないかしら。

(ここがクレチアン的なのかしら? 要するにイズーがトリスタンを想いながらマルケ王に抱かれるのが許せないんですね。現代では売女行為でもなんでもないことですが。多少硬めで真面目、常識的な恋愛観を持っているといえましょう)


 フェニスの侍女テサラは魔術に長けており、秘薬を婚礼の宴の席で新郎アリスに飲ませた。それは寝ているときに目が覚めていると思い込み、夢の中でフェニスを抱きながら、現実には影を抱き締めているという薬だった。
 クリジェスとフェニスは、両親のアレクサンドルとソルダモールのように、恋心に制御をかけ、お互いの胸のうちを告白しない。
 やがてクリジェスは恋を振り切るかのように騎士としての成長を目指し、アーサー王の宮廷に赴くことにする。
 皇后に暇乞いを述べる際にクリジェスは『私は完全にあなた様のものです』と告白する。
"Lady, my father, before he departed this life and died, begged me not to fail to go to Britain as soon as I should be made a knight. I should not wish for any reason to disregard his command. I must not falter until I have accomplished the journey. It is a long road from here to Greece, and if I should go thither, the journey would be too long from Constantinople to Britain. But it is right that I should ask leave from you to whom I altogether belong."

 三部は、クリジェスは騎士として武功を挙げていても、フェニスの思いは断ち切りがたく、結局ギリシャに戻るところから始まる。
 やがてアリスの幻覚、夜の秘密を知ったクリジェスは、フェニスに駆け落ちを迫る。
 『トリスタンとイズーの真似をして、醜聞沙汰になるのですか?』とフェニスは拒否。
 そこでまたまた侍女テサラの魔法の薬の出番である。
 フェニスが偽りの死の薬を飲み、墓に葬られたところをクリジェスが助け出しに来る。
 隠れ家の塔の地下室で恋人たちはついに「合法的に」結ばれる。

 一年も過ぎると、塔の隠れ家の生活にも飽きて、地上の果樹園で二人は暮らすようになる。
 やがて狩人に身柄を発見され、ついにアリスに真実が知らされる。
 危うし、クリジェスとフェニス!
 
 で、結論から言えば、どうなったかというと、アリスは運良く急死。
 クリジェスは皇帝の座に就き、フェニスと結婚してめでたしめでたし。

**************

 以上がクリジェスの本当に簡単なあらすじになります。
 『トリスタンが毒におかされた飲薬を私は決して口にしなかった』クレチアン的「薬」の扱いに注目してみましょう。
 まず「反媚薬(幻の女を抱く)」を飲むのは、アリス(マルケ王)一人であること。
 この点はケルト伝説のグラーニャが婚礼の席で飲ませた「眠り薬」と、当の本人たちは飲まなかった、という点においては共通していますね。

 そして「仮死の薬」。
 この挿話はロミオとジュリエットを連想させますね。最もこの「偽りの死」の説話は古来からさまざまな形で伝わっているそうなので、シェイクスピアが必ずしも「クリジェス」を参考にした、断言できないでしょう。(ハリウッドトリスタン映画の「ロミオとジュリエットの悲劇はここから生まれた」はそれにしても微妙な宣伝文句ですね)

 三角関係、薬、果樹園、トリスタン同様のキーワードをちりばめながらも独自の世界を構築して行ったのが、「反−超−新トリスタン=クリジェス」を完成させたクレチアンの才能と言えましょう。邦訳の出版が待ち遠しいところです。



 毎度ながらの長文、すみません。
 次回はクレチアンが下敷きにしたトマ、そしてゴットフリートの「風雅本(騎士道物語本)系」について取り上げてみたいと思っています。
 



*******************
(参考HP)
南仏詩人と北仏詩人におけるIntertextuality

クリジェスのオンラインテキスト
The Online Medieval & Classic Library(英語)


Project Gutenberg Presents(英語)



(参考資料)
「アーサー王物語とクレチヤン・ド・トロワ」 ジャン・フラピエ著 松村剛訳 (朝日出版社)


週刊朝日百科 世界の文学 56号 「アーサー王伝説/トリスタン物語」
 
posted by ぴっぽ at 10:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 成立と発展

2006年12月08日

流布本系の考察 〜べルールとアイルハルト

・流布本系の考察 〜べルールとアイルハルト

トリスタン物語は、大まかに言って二つの大きな分類に分けることができます。

それが
・流布本系 〜(主な作者)べルール、アイルハルト

・風雅本(騎士道物語本)系 〜(主に)トマ、ゴットフリート

です。

「流布本」と「風雅本」の最も大きくわかりやすい違いは、媚薬の有効期限があるかどうかということです。
二人が飲む媚薬には、「流布本」ではその最たる効果は、3年もしくは4年と言う期限が設けられています。
「風雅本」では有効期限はありません。

今回はより「原トリスタン物語」に近いと言われている、『流布本系』について取り上げてみましょう。


まずべルールについて手短に。
ノルマンディー地方出身だと思われるトルヴェール、べルール(Beroul)が「トリスタン物語(Le Roman de Tristan)」を発表したのは、
1165〜1170年頃(マリー・ド・フランスと同じ頃)、もしくは1185〜1190年頃ではないかと思われています。

べルール本で現存しているのは、物語の中盤、
G. マルケ王とイズーが結婚したあとも、二人はこっそり逢引を続けていた。疑惑を抱かれながらも、周囲やマルケ王の目を上手く欺いていた。【大松】

H. 小びとのフロサンの姦計により、ついに恋は露見する。トリスタンはイズーを連れて城を脱出する。【トリスタンの跳躍】

I. ある日狩にモロアの森へ向かったマルケ王は、小屋で寝入っている甥と妃を発見する。二人の間に抜き身の剣が横たわっているのをみると、罪を許し、自分の剣に取替え、手袋を置いて立ち去った。【モロアの森】

J. 眠りから覚めた二人は王の寛大な処置を知り、トリスタンはイズーを城へ戻す決心をする。イズーは裁判で身の潔白を証明する。【灼熱の裁き】

になります。


一方、もう一人はアイルハルトですね。
アイルハルト・フォン・オーベルク(Eilhart von Oberg)はその名の通りドイツ出身のミンネゼンガー。
韻文物語「トリストラント(Tristrant)」を発表したのは1175年〜1185年頃と考えられています。
こちらの韻文物語は1484年、散文訳されて、民衆本としてアウクスブルクで初版が出て以来、中世ドイツで大ベストセラーになりました。
それを受けて、我らがハンス・ザックスが歌に組み込んだり、七幕の悲劇「トリストラント殿と麗しの王妃イザルデの悲恋について」を
記したのは16世紀のことです。
この民衆本・散文「トリストラントとイザルデ」は完全な形で残っており、邦訳もあり(小竹澄栄訳 国書刊行会)、
ようやくわたしたちは「トリスタン物語」の全貌を窺い知ることができます。


べルールとアイルハルトを単純比較するに、一言で言い表すなら、
べルールはネッチリシツコイトンコツバター系、
アイルハルトはアッサリサッパリシオショウユ系とでも言えましょう。
おそらく二人とも同じ底本を元にしていると思われます。


アイルハルトはとにかく合理主義的というか、リストラ派とでも言いましょうか、
余分なものを削ぎ落として必要なもののみバッサバッサと取捨選択。整理整頓大好き。
べルールと現存しているところを比較してもとにかく短い。
そういうところは、速度を重んじる現代感覚とも通じるかもしれません。
要するに、民衆にももてはやされるほど読みやすくなっています。
(わたしたちトリスタン初心者にも非常にとっつきやすい。)
その割りに、媚薬を飲んだ直後のイザルデの心理描写、「ミンネ(愛の女神)」についてを、
それまでのアッサリを捨てて異常なくらいに粘っこくやるあたり(ここは何としても俺ッチ絶対気合を入れて描写してやるぜ)が、
アイルハルトの作家としての非凡なものがあると思われます。
アイルハルト本(流布本)の特徴としては

・トリスタンの出生……船上で帝王切開で産まれる。
・父親リヴァランは故郷リオネスで生存している
・トリスタンの偽名は最初「プロ」(モロルトとの決闘後)である。「タントリス」と名乗るのは竜退治後。
・媚薬の有効期限は4年
・白い手のイザルデとのあいだに肉体交渉の成立

などが挙げられます。




べルールは詩人として卓越した才能があることは、現存している文章を読んだ方なら誰しも感じることでしょう。
聴衆を絶えず意識した語り口からは、語り部の蓄積された博識も伺えます。

べルールの特徴は
・媚薬の有効期限は3年
・「マルク王の耳は馬の耳」の挿話を取り扱っている(つまりMarcのケルト語源を知っている)
・トリスタンがモロアの森で百発百中の「無駄なしの弓(必中の弓)」を製作する
・J.【灼熱の裁き】における、アルチュール王(トリスタンがアーサー王物語へと如何に組み込まれていったかが分かる)との絡み

また、佐藤輝夫氏の指摘するところによると、
アイルハルトと比較して、べルールは
・モノローグの多用
・「繰り返し手法」
・「皆の衆」と、聴衆(読者)の注意をひく
点も際立った特徴であるようです。



最後に、のちの風雅本と比較するためにも、流布本における「媚薬」について、
それと媚薬を飲む前の二人の関係について簡単にまとめておきましょう。

1.モロルトとの決闘後、最初にトリスタン(偽名:プロ)がアイルランドを訪れたとき。
 二人は顔を合わさない。
 イゾルデは容態を効いて使いに薬を届けるだけである。
 姫はおのれの救いし者が何者なるやを知らず、その姿を目にすることもなかった。救われし者の方とても、おのが癒し手と直接相まみゆる機会はなかった。やがて彼はこの国を去る前に宮廷に召さるることとなったが、二人は、ついに一度も顔を合わさぬままだった。
 (「トリストラントとイザルデ 〜ドイツ民衆本の世界6」 小竹澄栄訳 国書刊行会 42頁)


2.二人が会ったことがないのなら、燕が加えてきた金髪の持ち主は、イゾルデであると、トリスタンは当然知らないことになる。
 行き当たりばったりの航海で偶然アイルランドに漂着。偽名「タントリス」を名乗る。


3.竜退治。竜の毒に倒れるトリスタンをイゾルデが発見。傷の手当てを受け、入浴させてもらう。
 こうして彼が湯浴みしている間、姫は彼の傍らを離れていたが、彼は自分の携えし髪がこの女性のものであると気づき、この乙女こそ求むる姫に間違いなしと悟るや、自然笑いの浮かぶを隠し切れなかった。
  (同書 63頁)

 このニヤニヤ笑いを、この殿方が笑っているのは何故? 剣の手入れをしていないからかしら、とイゾルデが誤解。剣の刃こぼれから伯父殺しの真犯人を見抜く。
「最愛の伯父上さまを手にかけし下手人。まこといかなる乙女も及ばぬほどに、妾は伯父上をお慕い申しておりましたに」(64頁)

 激高するイゾルデに、トリスタンとブランゲーネが説得にあたる。次第にイゾルデは怒りを和らげる。
 すでに彼女の瞳には優しき想いが浮かんでいた。それは先刻の嘆き一切を忘れ去ってしまったかと思われるほど好もしき眼ざしであった。(中略)彼女はトリストラントを優しく抱くと、愛らしくその唇に接吻したのである。(67,68頁)

 トリスタンはマルク王のために求婚。王の返事。
 「そなた、彼女の伯父を殺めしを気に病んでおるのか。姫もそを忘れ得ず、そなたにわだかまりを残すとあらば、まことそなたらは世にあるべき夫婦とはなれるやも知れぬのう。そなたが望みとあらば、喜んで姫をそなたが伯父御に嫁がせようぞ」(78頁)



4.婚礼の船
トリストラントは姫君にことのほか心を配り、手厚くもてなして船の中に特別な部屋をしつらえた。そこに姫は、侍女らとともに引き篭った。トリストラントは、船人に旅が長びかぬよう、船足を速めよと命じた。ところがイザルデ姫はそのように旅路を急ぐが耐え難くて、いずこかの岸辺に近づきし折には、皆陸に上がって休んでまいるようにと願ったのであった。(81頁)


以上が媚薬を飲む前までの二人の関係になります。
要するに、「流布本」においては、トリスタンとイゾルデの間には、『仇敵から和解』への関係しかなかったと言えましょう。
(モロルトの頭蓋に剣の欠片を残す。また「プロ」を治療することで後々の二人の絆の布石があるにせよ。)
トリスタン側からすると、伯父の結婚相手を見つけられてホッとしてにんまり笑った。将来の王妃に対して最大の敬意を払わなければ。それ以上の心情は少なくとも文中からは察せられません。
モロルトを殺害したことがそんなに障害として立ち塞がっているのか、伯父上の御為にと忠誠心が上回っているのか、男心をそそる美女を前にこの徹底した自制心、無関心ぶりはすごいな、と尊敬します(む、ひょっとして男色かも? 笑)。(しかも素っ裸見られても平然と冷静に釈明している…笑)

イゾルデ側からすれば、竜退治してくれて、結婚させられそうな相手が逞しい美青年でよかったわ〜、と言う気持ち、
それがピチピチの若いのじゃなくて、え、アタシ、シワシワの爺ちゃんと結婚させられるの。いや〜んプチ鬱、みたいな感じですかね。
イゾルデにとって「最愛の伯父上さまを手にかけし」ことは、「先刻の嘆き一切を忘れ去って」和解の接吻をするなど、
トリスタンほどにはさほど気にかけてないと思えます。


最初のマイナスからようやくゼロに戻ったかな、ぐらいで、
事前に恋愛感情があるのはかなり疑問な関係にあった二人が偶然媚薬を飲みます。
突然の魔法によって、愛が強引に不可抗力に芽生え、愛欲の世界に一気に引きずり込まれる劇的な効果が現れるわけです。
「風雅本」では、事前の二人の関係もまた少し違ったものになりますので、この点は覚えておいて損はないでしょう。

「流布本」の媚薬はどんなものかと言えば、

☆アイルハルトにおける媚薬の定義
それは、ともに飲み干さば互いに愛に結ばれ身も心もひとつになって、お互いを求めずには生きることすら叶わぬように造られし愛の秘薬にほかならなかった。この薬を口にせし者は、互いに相まみえぬままに一日たりと生くるは叶わぬ。たとえ一日といえど相まみえずに過さば、二人は病に蝕まれ、また出会うまでは身も心も引き裂かれ、深き痛手を負うことになろう。それがこの、秘法を尽して調合されし魔法の効力なのである。この薬には強大な愛の力が込められていたので、まこと四年の間というものは、この力からは逃れられず、この力を抑うるも叶わなかった。とはいえ、四年の時さえ経てば、この麻薬ゆえの愛も冷めよう。(80頁)


☆べルールにおける媚薬の定義
 皆の衆、トリスタンとイズーの二人が葡萄酒を飲んで、そのために長いあいだ、大きな大きな苦患を嘗めてきたことは、前にお聞きになった通り。でも、草根を葡萄酒に浸して作られたこの愛の飲物〔の効目〕がどれほどの期間続くように定められていたかということは、まだご存じないものと心得る。これを調じたイズーの母御は、その愛の効果の期限を、三年と定めていたのであった。
 イズーの母御はこの飲物を、マルク王とわが娘とが飲むためにのみ醸し造ったものであった。もし他の人間がこれを飲むと、大変なことになる。こういうわけで、ここ三年という歳月の続くあいだ、この葡萄酒はトリスタンとその、トリスタンともどもにイズーをもそれはそれは激しく悩ませ続けていたので、二人は互いにただもう、「何のこれしき、苦にならぬ!」を、そう繰り返すのみであった。(「トリスタン伝説 〜流布本系の研究」 佐藤輝夫著 494頁)


こうなると媚薬の期限は、3年か、4年かと言う疑問が生じてきます。
わたしとしては3年のほうがおさまりが良いと思えます。
またモロアの森で過す年月も、話の整合性を考えるとアイルハルトだと2〜3年、
べルールだと1〜2年の間ということでより短くなります。
ひとつところにとどまるわけにはゆかなかった。
朝起きた場所に夜また寝ることはない。
森の暮しではパンのないのが大いにこたえる。
猟獣の肉で身を養い、ほかに食べるものがない。
顔色が悪くなるが彼らにどうすることができよう?
  (「フランス中世文学集 1」 新倉俊一訳 192頁)

とりあえず、私的にはこんな暮らし真っ平ごめんですし、慢性栄養失調状態から早く助け出してあげたいなと(笑)。

また「三」は物語に安定を与える数字であり、昔話に「3」が多用されるのは皆さまご存知の通り。
よってべルールの「3年」説をわたしは採用したいですね。


またべルールとアイルハルト、どちらがより「原トリスタン物語(エストワール)」に近いかの論議ですが、
簡潔で率直な文体から察するにアイルハルトが近いのではないか?
いや、
アイルハルトは省略しすぎで、話を整理している傾向がある。むしろべルールのほうが原本に近いだろう。
などと二分されています。

またべルールを翻訳している新倉俊一氏は、「エストワール」の存在自体を疑問視している立場をとっておられるようですね。


---------------
今回はこのくらいで。
いつもながら長文まことにすみませぬ。
「媚薬」について、べルールの根幹を成す「モロアの森」についてはいずれもう少し考察したいと思ってます(要するに後回し 笑)。
次回は補遺でクレチアン・ド・トロワの「クリジェス」の簡単なご紹介、それから風雅本系についてじっくりやりましょう。


(参考HP)
eBook Beroul LE ROMAN DE TRISTAN
べルールのオンラインテキスト

BIBLIOTHECA AUGUSTANA
アイルハルトのオンラインテキスト

べルール、アイルハルトとも、読めると言う猛者の方は是非挑戦してください。


Eilhart von Oberg: Tristrant Cod. Pal. germ. 346アイルハルトの中世の写本を電子化。美しいので、興味のある方はドウゾ〜。



(参考資料)
「トリスタン伝説 −流布本系の研究-」 佐藤輝夫著 (中央公論社)
 副題の示すとおり、流布本系べルールの欠落部分を仮定、推論していくのが本書の根幹。資料編でべルールの邦訳も読める。

「フランス中世文学集1 信仰と愛と」 新倉俊一訳 (白水社)
べルール訳はこちらでも。

「トリストラントとイザルデ 〜ドイツ民衆本の世界 6」 小竹澄栄訳 
 ハンス・ザックスも読んだ、アイルハルト散文民衆本の全訳。
posted by ぴっぽ at 15:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 成立と発展

2006年11月13日

エストワール

*エストワール (ストーリー 物語)
 
 今まで
 ケルト伝承 (7C)
  ↓
 ウェイルズ マビノギオン (11C)
  ↓
 トルバドゥール ヴェンタドルンの詩 (1140〜50年頃?)

 とトリスタン物語の成立の流れは広がりを見せてきました。
 今回からいよいよトリスタンとイズー物語の本題に入っていきましょう。

 12世紀末(おそらく1165〜70年半ば頃?)に、ヘンリー二世とアリエノール・ダキテーヌの宮廷で活躍した
女性詩人マリー・ド・フランスは12のレー(短詩物語)の作者として有名です。
その12篇のうちの最も短いレー「すいかずら」が「トリスタン」ものを取り扱っています。

ブルトン人が想を得てレーを作った、確かに真実である物語をいくつか、これから皆さまに手短にお話しよう
(マリー・ド・フランス 「十二の恋の物語」 岩波文庫 12頁)

 と、マリー自身が前置きで述べているように、ブルターニュでおそらくトルヴェールたちが
歌っていた詩(及び自分の創作?)を、書き記したとみられます。
マリー・ド・フランスの出自は謎ですが、かなり文才と教養があることからも、しっかりと教育を受けた
相当高貴な生まれではないかと思われています。
ヘンリー二世(アンリ・プランタジュネ)の異母姉妹のマリーではないか、とか
リーディング女子修道院長のマリー、
マリー・ド・ミューラン(Cledville伯ヒュー・タルボットの妻)
マリー・ド・ブーローニュ(スティーブン王とマティルダの娘)
などなど。

Possible authors:
1) Mary, Abbess of Shaftesbury;
2) Mary, Abbess of Reading;
3) Marie de Meulan and
4) Marie de Boulogne.
All women of high rank and familiar with court circles.
1) illegitimate daughter of Geoffrey Plantaganet and half-sister of Henry ii of England. Abbess c.1181-c.1215
2) little information about her but the Abbey was a great literary centre and possessed a manuscript of the Lais and the Fables.
3) daughter of Waleran de Meulan, one of the great lords of the Isle de France. Married Hugh Talbot, baron of Cledville, with lands in the Welsh Marches. Born between 1140 and 1150.
4) daughter of King Stephen (1135-54) and Matilda of Boulogne. Married by Henry ii to Matthew of Flanders, although she was already Abbess of Romsey. Before 1180 returned to a convent, perhaps at Montreuil sur mer. An active political figure.



 「すいかずら」の内容は、マルク王にコーンウォールから追放されたトリスタンが
こっそりと国に戻り、王妃と短い逢瀬をひととき果たして別れる、といったものです。
 あらすじのL.【狂えるトリスタン】の派生系と言えるでしょう。

あなたなしには生きられません。私たち二人は、
あたかも、はしばみの木にからむ、すいかずらのごとくであります。
すいかずらがまつわりついて、はしばみの幹のまわりを伝えば、
ともに生き永らえもしましょうが、もし二つを引き離すのであれば、
はしばみはすぐにも枯れはて、すいかずらも同様の運命をたどるでしょう。
「恋人よ、私たちも同じ。私なくしてあなたはなく、あなたなくして私もない」
   (マリー・ド・フランス 「すいかずら/十二の恋の物語」 岩波文庫 216,217頁)
 
「私なくしてあなたはなく、あなたなくして私もない」 

ne vus sanz mei, ne mei sanz vus(原文)

nor you without me, nor I without you.(英語)

 この一節こそがトリスタンの根幹、
トリスタンをトリスタンたらしめているゆえん、とわたしは考えます。

 ワーグナーの楽劇の中の
 「おまえがトリスタンで、ぼくがイゾルデ、もうトリスタンではなく!(Trisutan du, ich Isolde, nicht mehr Tristan!)」
 「あなたがイゾルデ、トリスタンは私、もうイゾルデではなく!(Du isolde, Tristan ich, nicht mehr Isolde!)」
にも共通する「人類補完計画」(いや違う 笑)ですね。



 文学史的な話をしますと、
「すいかずら」は「ブルトン人が想を得てレーを作った、確かに真実である物語」。
つまりこれまで何度か話しているように、既にマリー・ド・フランスの時代には
トリスタンとイゾルデの物語はブルターニュでも、流布し大変親しまれていたと仮説が成り立ちます。
「すいかずら」はそこから派生した話のひとつでしょう。

 1890年にトリスタン物語を修復したべディエによれば、「原−トリスタン物語=エストワール」が存在していた、ということになります。
この「原トリスタン物語(エストワール)」とは、
一人の天才的な作者によって綴られ、長編で存在していたのか、
それとも「すいかずら」のようなレー、様々な作者による短編が寄せ集まったものなのか、
そもそもそのようなまとまった「原トリスタン物語」は存在しなかったのか、
「原トリスタン物語」が現存していない現在では推論しかできません。
 
 ただ、現存している物語から「エストワール」への手がかりは見え隠れします。

このトリスタンをお話に仕立てて
それで物語する人々は、なべて
いろいろ違った話にするのが慣わせ。
わたくしも、多くの人々のかかる物語を聞き申した。
それぞれの作者の、語り出でる話を耳に致し、
またこれを、筆に認めたものをも読み申した。
それがしの耳に致したところから判断すれば、
何人も、ブレリについて話す人はおり申さぬ。
このブレリと申す人は、これまでブルターニュの国に
生存いたされたすべての王者と、すべての諸侯の
史と物語に悉く通暁していたひとにござる
 (トマ→イギリス 「トリスタン物語」1173年頃? 風雅本系)


オーベルクのアイルハルトは
我らにこの本を書き綴り
如何にトリスタンは身罷りしか
してまた、いかに生れてきたか、それ以後に
その身の上に起こりし一切のことがらを
われらに語った。
別の作者は語るかも知れぬ
トリスタンのアヴァンチュールは、もっと違ったものであったと。
われらは誰でも知っている
その生涯の出来事がさまざまに語られていることを。
  (アイルハルト→ドイツ 1175年頃? 流布本系)

 風雅本や流布本系、トマやアイルハルトについては後日いやになるくらいたっぷりとやる予定ですので(笑)、
今注目してほしいのは、

・1170年頃までにはトリスタンは多くの作者によってさまざまに語られていたこと。
・トマの述べる作者「ブレリ」の存在

の二点です。

 ブレリ本「トリスタン」は現存していませんし、トリスタンに「ブレリ」が登場するのは
トマだけということですので、この記述にどこまで信憑性があるのかわかりませんが、
ひょっとして

《エストワール=ブレリの書いたトリスタン本》

という仮定も考えられます。


 「トリスタン伝説」(中央公論社)のなかで、佐藤輝夫は、「ブレリ」というウェールズ人が
12世紀前半にポワティエの宮廷(つまりアリエノール・ダキテーヌの父、祖父ギョーム7,8世の時代)で活躍したのは確からしい、と述べています。



 長くなりましたので、今回はこれくらいで。
 次回は流布本体系のべルールとアイルハルトのご紹介、
そして、反トリスタン物語、クレチアン・ド・トロワの「クリジェス」について
記述をしてみたいと思っています。


***********
(参考文献)
「十二の恋の物語―マリー・ド・フランスのレー」  月村辰雄訳 (岩波文庫)
 12のレーのうちでは、「ギジュマール」と「ランヴァル」が有名…かしら。

「トリスタン伝説 −流布本体系の研究-」 佐藤輝夫著 (中央公論社)
 引用しているトマとアイルハルトの文はこちらの著書から。

(参考HP)
・International Marie De France Society

・ウィキペディア 

(すいかずら全文)
Le Lai du Chèvrefeuille Par Marie de France

CHEVREFOIL Marie de France

(すいかずら英訳)
GradeSaver:E-text of The Lais of Marie de France
posted by ぴっぽ at 10:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 成立と発展

2006年10月25日

「映画トリスタンとイゾルデ」〜相違が生む悲劇

「映画トリスタンとイゾルデ」〜相違が生む悲劇

 ケヴィン・レイノルズ監督作品「トリスタンとイゾルデ」を鑑賞した。
 トリスタンに関しては、わたしに語らせると長くなるのはご承知おきの通りだが、とにかく映画を見ての感想を述べてみようと思う。
 つまり、原作からの物語の観点からの比較が主になる。
 辛口気味でネタバレ描写含むので、この映画が好きでたまらない方、もしくはご覧になっていない方は注意が必要。




 美術、衣装、撮影はとても力が入っており、丁寧で美しい。
 しかし、トリスタンの故郷をリオネスからタンタロンに変更したり(これは仕方がないのかな?)、ドアー城の場所が間違っていたり、
0.jpg cd.jpg

 食事の場面でまた当時は使われていないはずのフォークが登場したり
0-1.jpg
と、詰めの甘さもある。中世時代の食事はスプーンとナイフと指を使って食べていたはずである。


 脚色を担当したのはディーン・ジョーギャリス。話をうまくまとめているようで、原作からはかけ離れた一体どこに素が残っているんだってくらいの、とんでもないシナリオを書いている。ハリウッド解釈なのね。
 モロルトが婚約者、傷を負ったトリスタンを治療したときに断固たる愛が生まれると確信できる、マルケ王が高潔な人物であるとの設定は、ワーグナーから。
 あとはトリスタン、イゾルデ、マルケ王の三角関係の話という基本的枠組みを留めているだけ。相当自由に物語を改変している。
 史実と現実感を追求しようとして、ファンタジー的ケルト的要素を排除したのだろうけど。これならば「トリスタンとイゾルデ」とタイトルをつけなくてもいいんじゃない? 原案扱いで違う物語を紡いでくれたほうがこちらの精神衛生上よかった。

 まずは基本的な媚薬の省略。
 
 フィルトル(媚薬)は、トリスタン伝説の紋章のごときものである。
 フィルトルは服用者の人格をその根底から変えてしまう、一つの象徴として用いられているのである。
 しかしその愛はフィルトルがそのために醸された人達のためではなく、誤って飲んでひきおこされた愛である所に既にその悲劇がある。
   (『トリスタン伝説』 佐藤輝夫 中央公論社 (317、395、415頁)

 媚薬を省略するのはサトクリフ (邦訳沖積舎「トリスタンとイズー」)も同じだけれども、サトクリフが媚薬以外はほぼ忠実で、不満はどうにか解消されるのに比べ、この映画の製作陣たちがトリスタンの枠組みをどうしてここまで破壊するのかが理解しがたい。多少はこの「トリスタン伝説の紋章のごときもの」に敬意を払ってもらいたかった。



 トリスタンの両親は、少年時代まで存命している。
 一般的には両親は誕生と同時に死亡(父親は生きているとする本もある)、産褥の床で母親が「トリスタン(悲しみの子)」と名付けることになっている。
 つまり映画ではこの挿話なく、トリスタンはその名前を何故か自然に付けられたことになる。
 英雄譚の必須条件(誕生、怪物退治、宝物または女性の獲得)、「誕生」の消滅。
 ちなみに竜退治の挿話も、女性の獲得たるもう一人の「白い手のイゾルデ」も存在しないので、英雄譚としては成立しない。剛勇を誇り忠誠に悩み愛に殉じる一介の騎士の物語である。
 トリスタンとマルケ王の関係を赤の他人、擬似親子に設定したことで、隠れ主題オイディプス・コンプレックスは完全崩壊。むしろ映画では実の甥になっているメロートとマルケ王との間に生まれる相克がこれに近い。


 トリスタンの両親死亡と同時期に、イゾルデの母親が亡くなったことが示される。
 これによって媚薬を作る王妃の存在も消え、ケルト的な女性主導の島アイルランドは、何故か冷酷非道な父親(実の娘に対する愛情がこれっぽっちもないぺらっぺらの薄っぺらい王)が支配する男性の島に変更。
 海を挟んで男性的な大陸、女性的な島の対立のはずが、両方とも野郎どもが喧々諤々しあっている、大差のない設定になった。


 イゾルデの処女性は映画の中ではまったくといって重要要素ではない。
 映画のノヴェライズ本(竹書房)では、イゾルデが処女を失ったあとの描写がこれ。

 きっと母が生きていたら、こうしていただろう。そして母なら何も言わなくても娘の変化に気づいただろう。この幸福を一緒になって感じてくれただろう、と。(108頁)

 いや、きっと母親は「この幸福を一緒になって感じて」はくれないんじゃないかと思う。そもそも一国の王女が婚礼前の身で、そんな簡単に敵国の兵士に体を預けても良いものなのか?
 ちなみに原作では、媚薬を飲み、船上で失われてしまった、イゾルデの処女性をどうしたのかと言うと、ブランゲーネが失敗を償うため、自らの貞操を決死の覚悟で捧げて身代わりになったのである。
 映画ではイゾルデは"I'll pretend it's you"で、そのままマルケ王とベッドインしてしまい、マルケ王も新婦が経験済みであることはまったく気にしていないようである。これはファンタジー。


 イゾルデは、石造りの母親の墓を心の拠り所にしているようで、落ち込んだときにはいつも訪れている。
 ならば、わたしなら、意に染まぬ政略結婚をするために、コーンウォールに渡る前、アイルランドを永久に離れる身になるとき、この母の墓所前で悩むイゾルデの描写を入れたいところだ。
 イゾルデは、王女ではなく、ただの「未来からやってきた」普通の娘である。
 思考が桁外れに現代的といっても良いだろう。以下の台詞が証明。
 "Joy in being a lady? Wanting something I can’t have. A life of my own."
 "If we lived in a place without duty... would you be with me?"
 "Love is made by God. Ignore it and you can suffer as you cannot imagine."

 未来からやってきているので、当時としては存在するはずもないジョン・ダンの未来の詩を読むのもお茶の子さいさい。
 "My face in thine eyes, thine in mine appears,
 And true plain hearts do in the faces rest;
 Whatever dies, was not mixed equally;
 If our two loves be one, or thou and I.
 Love so alike, that none can slacken, none can die."
 史実を追求しているようでいて、何故かここもファンタジーが出現!

 原作では音楽の名手トリスタンが、イゾルデに竪琴や他の楽器を奏でつつ謡ったであろう詩の数々。
 映画ではまったく逆でイゾルデからトリスタンへの朗読行為になっている。
 侍女の名を騙るのもイゾルデ。原作ならトリスタンが「タントリス」(バレバレの)偽名を名乗る。
 また、逢びきの誘いをかけるのも、子供の話をするのも、マルケ王に真実を語るのもイゾルデ。
 映画とこの恋愛は未来人イゾルデが先導している。そして「神から賜った愛」に生きるイゾルデはいつもトリスタンを一番に選ぶ。
 イゾルデは王妃たる自分の立場や、国に対する責任感はまったく持ち合わせていない平凡な女性である。貴婦人としての振る舞いを天然ボケ的に自覚していない。
 それは「手をつないで歩けない」と泣いたり、大切な同盟の日に「会えないと死ぬ」などと平気な顔で誘いをかけることからも明らかだ。


 対して中世観に囚われたままのトリスタンは、常に騎士の義務たる国王への奉仕を選択する。
 "Your marriage will end a hundred years of bloodshed."
 "There are other things to live for. Duty. Honour."
 "For all time, they will say it was our love that brought down a kingdom. Remember us. "


 トリスタンとイゾルデのこの「愛情」観の相違が一番の悲劇だろう。
 "You were right. Life is greater than death, but love was more than either."
 この「愛」の受け止め方は、二人で違うことは明らかだ。

 「史実」と「ファンタジー」における解釈の相違。また原作と映画がまったく乖離している「相違」点。これもまた鑑賞する立場においては悲劇に違いない。



 おまけでわたしのツッコミ集
・ピロートーク最悪。「どんな感じ?」「私の前に何人?」
 どちらも正直に答える人はいないと思われ。
 「グッジョブ!」「え〜と7人、いや8人だったっけ?」なんて答えないって(笑)。

・トリスタンはアイルランドから帰還し、ドア城に乗り込むときに馬に乗っているのだが、無一文の身でどうやってその馬を調達したのか?

・最後に戦闘に加わる場面で、洞窟に入る前に剣を持っているのだが、設定上その直前まで丸腰だったとしか思えず。どこからその剣は沸いて出た?

・トリスタンはターミネーターばりの生命力。主人公は実に都合よいときまで生き延び、決め台詞をきちんと言う。

・モロルトの剣の毒の正体はフグだったことが判明!
 かすり傷で全身が麻痺するとは、アイルランドのフグは超猛毒なのか、それともイングランド兵が毒に弱いだけ?
 そりゃ肝や該当部分を口に入れればヤバイだろうけどさあ…。
 ああ、てっさ、てっちり食べたいなあ…。などと考えたのはわたしだけか?

・メロートは結局あのまま舟の用意をしてもらえない…哀れ。

・つか、アイルランド王の顛末も中途半端。

・ジョン・ダンの未来の詩を読むイゾルデ。
 あの時代には読み書きできる人のほうが貴重。できるのはほとんど学者や僧侶に限られるでしょ。
 貴族、王族でさえ教養豊かな人ならともかく、怪しいものだぜ。
 携帯用の小型本など女官には手も出せないほど高価。本のほとんどは大型本で一頁ずつ丁寧に手書きされたラテン語。「薔薇の名前」みたいな教会の図書館に所蔵されているのではないか?
 なのに『英語』の詩なんぞ読んでいる! 冷静に考えればありえないと思えるのだが。
 よって、何故イゾルデが嘘をついていると見抜けないのだ、トリスタン!
 (映画ではあまりにも堂々とやっているので、わたしが間違っているのかな。)
posted by ぴっぽ at 09:13| Comment(2) | TrackBack(2) | 映画

2006年10月22日

トルバドゥール 〜ベルナルト・デ・ヴェンタドルン

*トルバドゥール 〜ベルナルト・デ・ヴェンタドルン

 原トリスタン物語が12世紀中頃には流布していたとする説の証拠付けをもうひとつ。

 南仏出身の吟遊詩人(トルバドゥール)、ベルナルト・デ・ヴェンタドルン(Bernart De Ventadorn 1125(30−47,50)〜1170(80,95)要するに生没年はっきりしていません)が詩の中で、トリスタンについて述べています。

 ベルナルト・デ・ヴェンタドルン(ベルナール・ド・ヴァンタドール)は、ポワティエのアリエノール・ダキテーヌ(ルイ7世とヘンリー2世の妃、リチャード獅子心王の母)の宮廷で活躍したトルバドゥールです。その生涯は残っている詩ほどにははっきりしていませんが、リムーザン地方出身の身分の低い生まれであること(母親はお城の竃番の説も)、英国王となったアンリ・プランタジュネ(ヘンリー2世)とアリエノールに連れられてイングランドに渡ったことは確かなようです。

「私の心は喜びで一杯」と題する詩からトリスタンが出てくる一節を、そして最も有名な「陽の光に向かいて雲雀が」の冒頭部分もあわせて紹介しましょう。

「私の心は喜びで一杯 (Tant ai mo cor ple de joya)」

せめてもの希望をかけるそのひとは   Eu n'ai la bon'esperansa.
世にもつれないひとだから、      Mas petit m'aonda,
私は揺れて漂うばかり         c'atressi.m ten en balansa
波間の小舟のように          com la naus en l'onda.
心狂わせる不幸を逃れて        Del mal pes que.m desenansa,
どこへ身を隠せばいいんだろう     non sai on m'esconda.
おかげで私はベッドの上で       Tota noih me vir'e.m lansa
身をもだえ 寝返りをうつばかり    desobre l'esponda.
これほどの愛の苦しみを        Plus trac pena d'amor
あの恋の男トリスタンも        de Tristan l'amador
金髪のイズーのため          que.n sofri manta dolor
味わいはしなかったものを       per Izeut la blonda.



「陽の光に向かいて 雲雀が (Quand vei la lauseta mover)」

陽の光を浴びて 雲雀が       Quand vei la lauseta mover
喜びのあまり羽ばたき舞い上がり   De joi sas alas contra'l rai,
やがて心に広がる甘美の感覚に    Que s'oblid' e's laissa cazer
われを忘れて落ちる姿を見るとき   Per la doussor qu'al cor li vai,
ああ どれほど羨ましく思えることか Ailas ! quals enveja m'en ve
恋の喜びに耽る人々の姿が      De cui qu'eu veja jauzion !
我ながら訝しく思える その一瞬   Meravilhas ai, quar desse
渇望にこの胸がはり裂けぬは何故か  Lo cors de dezirier no'm fon.


トリスタンよ もう何も私から受け取りますまい  Tristans, ges non auretz de me,
哀れな男は出る 行方も知れぬ旅に  Qu'eu m'en vau caitius, no sai on :
歌はやめた 歌を諦めた       De chantar me gic e'm recre,
愛と喜びから身を隠すのみ      E de joi e d'amor m'escon.
 「フランス中世文学集 信仰と愛と」 新倉俊一、天沢退二郎訳 (白水社)


 前者の詩から推察できるのは、ベルナルトも、聴衆も、トリスタンとイズーの物語を知っていて、
「恋の苦しみ」を持ち出されると、ああ、あのトリスタンね、と比較して楽しんだ、ということです。
12世紀半ば頃までに、トリスタン物語はヴェンタドルンが活躍した南仏まで伝播し、親しまれていたわけです。
もちろんベルナルトが愛と詩を捧げたのは、パトロンであるアリエノールに向けてでしょう。

 後者の「雲雀」の詩は、トルバドゥールの代名詞として頻出するぐらいに著名ですが、
冒頭の急上昇し、急降下する雲雀の鮮やかで立体的な弧の心理曲線といい、
日本語に訳されていても陶酔しそうな美しい詞選びといい、付随した哀愁漂う旋律といい、
中世吟遊詩人代表的傑作の名に恥じぬものだと思います。
W.S.マーティンは著書の「吟遊詩人たちの南フランス」(早川書房)のなかで、
ベルナルトがイングランドに渡った後に理由は不明ながら詩作をやめてしまい、20年間沈黙を続けたこと、
そしてこの詩がベルナルトが書いた最後の詩、つまり遺言というか白鳥の歌ではないか
という推論を述べています。

 そういった背景を知ると最後の一節「トリスタンよ」の呼びかけも、
また違った意味を帯びてくるのではないでしょうか?

 ベルナルトが言及した原トリスタン物語は、残念ながら現存しておらず、
トリスタン物語がまとまった形で登場するのは、マリー・ド・フランスのレー「すいかずら」になります。
次回はこのマリー・ド・フランスのトリスタンものについてご紹介することにいたしましょう。

今回はこのあたりで。長々とお付き合いありがとうございました。




****************
・参考資料
「フランス中世文学集 1 信仰と愛と 」  新倉 俊一 天沢 退二郎 (白水社)

4475015901トルバドゥール詞華集
瀬戸 直彦
大学書林 2003-01



4891765216中世ヨーロッパの歌
ピーター ドロンケ Peter Dronke 高田 康成
水声社 2004-06



4152085584吟遊詩人たちの南フランス
W・S・マーウィン 北沢 格
早川書房 2004-04-16




ホントに補足ですが、アリエノール・ダキテーヌとヘンリー二世について歴史背景なんぞお知りになりたい方は、
映画「冬のライオン」を推奨します。何てったってキャサリン・ヘップバーンとピーター・オトゥールですから!
冬のライオン〈デジタルニューマスター版〉


posted by ぴっぽ at 17:12| Comment(4) | TrackBack(0) | 成立と発展

2006年10月11日

マビノギオン

*マビノギオン

 ケルト伝承からトリスタン物語へと、次第に形作られていく、証拠としての次なる資料が「マビノギオン」です。

 「マビノギオン」とは「島のケルト」と呼ばれるウェールズ、カムリ人のあいだに口承で伝わってきた物語群で、11世紀頃に文字としてまとめられたと考えられています。アーサー王物語の原型と見られる逸話もあります。



 「マビノギオン」の第八話「ロナブイの夢」のなかで、「タスッフの息子ドリスタン(タルウフの子トリスタン、タルウイクの倅ドロスタン) Drystan mab Talluch」と出てくる記述は、トリスタンのことを指していると思われます。


 何故ならば「マビノギオン」を仏語訳したジョゼフ・ロート版は、附録として箴言を備忘録風にまとめてあるそうで、その中に「トリスタン」が登場するからです。

 Prydein ノ島ノ三人ノ機械造リノ名工。Greudyawl Gallovydd ハ機械仕掛ノ名手、Tallwch ノ子 Drystan' シテ…


 Tallwch ノ子 Drystan コレナリ。Meirchyon ノ子 March ノ豚ヲ飼ウ者ナリ。 Essylt ノ許ニ使イヲ齎ラシテ行キケルニ、Arthur ト March ト Kei 並ビニ Bedwyr ノ四人シテ来リテ、如何ナル策謀、暴力、窃ミノ手ヲ用ウルモ、彼ヨリ、一匹ノ子豚ヲモ、持チ去ルコト能ワザリキ


 Tallwch ノ子 Trystan ハソノ伯父 Meirchiawn ノ子 March ノ妻 Essyllt ノ恋人
 (トリスタン伝説 佐藤輝夫 101頁 中央公論社)

 この記述から、佐藤輝夫氏は

・少なくとも12世紀の初めごろまでにスコッチ・ピクト出身のタロルクの倅トリスタンが、ウェイルズ=キムリ族のあいだに、タルウイクの倅ドロスタンとなってその名が広がっていたこと

・トリスタン=ドロスタンが機械作りの名匠だったこと

・知慧と策略においてアルチュール(アーサー王)並びのその党の面々をして一歩も退かぬ戦上手の誉れを持っていたこと

・既にマルクの妻エシルト(イズー)の恋人として、逢引きの手筈を整えるため彼女のところに使いを出すほどまでにこの関係が濃密であったこと

 を指摘しています。
 
トリスタン伝説はその根をアイリッシュ・ゲリックに持ちながら、伝説の形成においてこれをウェイルズ・キムリに負うという、これは一種不思議な生成の仕方を示している(同「トリスタン伝説」 103頁)

 従って12世紀の中頃には既にトリスタン物語の原型は完成していて、マビノギオンの中にも組み入れられるほど流布していた、と考えられるのです。


***************
参考資料
「トリスタン伝説」 佐藤輝夫 中央公論社

4882841932マビノギオン―中世ウェールズ幻想物語集
中野 節子
JULA出版局 2000-03

ウェールズ語からの完訳版


4562037156マビノギオン―ケルト神話物語 シャーロット・ゲスト版
シャーロット ゲスト Charlotte Guest Alan Lee
原書房 2003-12

アラン・リーのイラストが美しい。


手っ取り早くマビノギオンを楽しみたい方には
4003222520中世騎士物語
ブルフィンチ 野上 弥生子
岩波書店 1980-01

にも収録されています。
posted by ぴっぽ at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 成立と発展

2006年09月28日

女人の島

・「女人の島」(Insvla Feminarvm)について

 「ケルト伝説」が「トリスタン」において名残りを留めている補足として、「女人の島」の伝説を取り上げてみましょう。
 以前わたしのHPの掲示板でとあるお客様から頂いた意見を元に、資料を提示しておきます。
 

 まず、河合隼雄が「昔話と日本人の心」(岩波現代文庫)
昔話と日本人の心
 の中で取り上げている図式を強引に「トリスタン」に当てはめてみるとこうなるかと思います。
kawai_t.jpg

*トリスタンの場合
 1.トリスタンはコーンウォール(日常)から海を渡って(中間帯)、アイルランド(非日常)に行く。【C,D アイルランドへの旅 1、2回】
 そして海を渡りコーンウォールへと帰る。
 
 トリスタンが最初にアイルランドに行くときは【C.アイルランドへの旅1回目】、何も持たず、たった一人で、竪琴のみを持って異郷を訪れます。その小舟はあたかも「葬送の船」のようで、ここのくだりは桃源郷を訪れる「遠野物語」、もしくはオルフェウスの「冥府くだり」(V字プロセス)の主題等を思い起こさせます。
 それから【F.媚薬】を飲むのも、中間帯の海の上。皮肉なことに、この「非日常」の薬が潜在願望に常に「死」を抱えるトリスタンを、日常(コーンウォール)に連れ戻します。

 2.ワーグナーの楽劇おけるトリスタン視点
  一幕(日常) {→下降}
           二幕(非日常)
  三幕(日常) {←上昇}
 「すでに一度、音立てて死の門が私の背後で閉じるのを聞いた。ところが、いまその門はふたたび大きく開いている。太陽の光がそれを開かせたのだ。私はかっと眼を見開いたまま、夜の底から浮かび上がってこなければならなかった(第三幕第一場)」
 3幕で媚薬に苦しめられたまま自殺するトリスタンは、再び二度と「愛の夜」を体験することなく昼についに敗北したとも取ることができます。


*イゾルデの場合
 1.アイルランドからトリスタンとともにコーンウォールを訪れる。
 2.コーンウォールから海を渡ってカーレオールへ。
 最後に「愛の死」を歌い、昇りつめるイゾルデ(「この高まる大波の中、鳴りわたる響きの中、世界の呼吸の吹きわたる宇宙の中に―― 溺れ―― 沈み―― われを忘れる―― こよない悦び!」)は、トリスタンとは違い、確実に「死の国(非日常・夜)」へと至っています。


*********
・お客様の意見

アイルランドを上昇と下降の一極点とされたことで今まで気付かなかったことに思い当たりました。
なぜ、アイルランドなのか、トリスタン伝説にはケルト伝説の一つ「女人の島」の最後の残照が感じられます。

ケルト伝説では英雄が倒れると死ぬのではなくて(魂が)「女人の島」と呼ばれる一種の桃源郷に運ばれ永遠に女性たちに囲まれながら暮らす、と伝えられます。
『ブランの航海』から『アーサー王伝説』に至る中世ケルト文学は「女人の島」(キリスト教下に入ると「異界の島」)が頻繁に登場しますし、アーサー王が死んでから海を渡ったというのも同じ伝説からきています。

イゾルデはもともと、人間にとって異界である「女人の島」の王女(更に源流を遡ると大地母神の娘)だったのかもしれません。そうであるとすると、「アイルランドに花嫁を迎えに行く」という行為は本来ならば死後に実現(英雄ならば)するものをまだ生前に行うので、その代償も大きいわけです。異界(=死後の世界)から連れてきた姫君と結ばれるには死ななくてはならず、そのためトリスタンは事ある毎に死を願うわけです。イゾルデ=大地母神であれば、トリスタンの行為は胎内回帰の願望とも言えそうです。


*********
・ここからわたしの意見

 現代人と愛―ユング心理学からみた『トリスタンとイゾルデ』物語
現代人と愛―ユング心理学からみた『トリスタンとイゾルデ』物語

ロバート・A・ジョンソン著(新水社)
 から抜粋してみます。


 「自我は、それが知っている広大な心という宇宙のほんの小さな部分にしかすぎない領域、つまり、コーンウォールという小さな島に住んでいます。しかし、海という無意識の彼方、広大な宇宙空間という無意識の彼方には、別の「意識の島々」があり、そこにはそこに独自な価値体系があり、力があり、視点があります。自我は、こうした別の意識の中心を統合していく必要があるのです。
 コーンウォールは、家父長的な男性的心の態度によって支配された自我の島です。一方、アイルランドは、女魔術師の妃によって支配された、無意識の家母長的な女性性の島です。両者は、互いに補足し合うその対立物がなくては生きていくことはできません。コーンウォールはアイルランドに歩み寄り、アイルランドはまたコーンウォールに歩み寄らなくてはならないのです。
 無意識は絶えずトリスタンをアイルランドへ引き寄せています。なぜならトリスタンは二つの島を結びつける役目を持った英雄だからです。彼は「神の海」に乗り出し、「いまだ水夫の知らぬ」場所に出かけなくてはなりません。」(41頁)


 また、ジョンソンは麗しのイゾルデを「白いバイソンの霊の女=聖なるもの=アニマ」と捉え、白い手のイゾルデを「人間的現実的な側面を持つ肉体的なるもの=大地の女性」(大地母神じゃなくて、「大地の女性」でどこかで見かけたと引っかかっていたんですね)だと指摘しています。




 騎士と妖精―ブルターニュにケルト文明を訪ねて
騎士と妖精―ブルターニュにケルト文明を訪ねて

 中木康夫著 (音楽之友社) からの抜粋
 
 ケルトの妖精は、超自然的な呪術力を持っているので、死に瀕した男性を容易に快癒させることができる。トリスタンを瀕死の状態から二度も回復させたイズーの呪術力は、彼女が妖精であったことを何よりも示す。瀕死のトリスタンが船に乗って漂流し、アイルランドにたどりついてイズーに救われるいきさつは、アーサー王が瀕死状態で、赤いりんごの輝くアヴァロンの島(彼岸)に運ばれて妹の妖精モルガンの手当てを受けるのと同じで、まさにイズーは海(水)をへだてた彼岸の妖精だったのだ。
 しかし、さらにつきつめれば、イズーはもともとはケルトの母なる女神であった。しかも彼女は太陽の女神であった。ヒロインのイズーがなぜ「黄金の髪」でなければならないのか、といえば、それは彼女の燃える金髪が太陽光線を象徴するからである。(42頁)



(参考CD)
「Insula Feminarum(女人の島)」 La Reverdie
Insula Feminarvm
posted by ぴっぽ at 15:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 成立と発展

2006年09月17日

ケルト伝説 〜ディアミッドとグラーイネ

・ケルト伝説 〜ディアミッドとグラーイネ
 
 今回は7世紀頃に成立し、トリスタン物語の原型とされている、ケルトの伝承について取り上げてみましょう。
 
 ひとつはディアミッド(ディアルムッド)とグラーイネ(グラーニア、グローニャ)、
 もうひとつはデアドラ(ディアドラ、デアドリー)とニーシャ(ノイシュ)です。

 これらの物語について、簡単にあらすじを説明しつつ、トリスタンとの関連を探っていきましょう。

*ディアミッドとグラーイネ
国王フィン・マックイールの王妃となるとなるグラーイネが、
婚礼の席で王の忠実な家臣、美男のディアミッドに一目ぼれしたことから事件が始まります。

まずグラーイネはディアミッド以外の列席者を眠り薬で眠らせ、駆け落ちを迫ります。
当然ながら、ディアミッドは拒否します。

『フィン・マックイールのものである女性が、ディアミッド・オダイナのものにはなれません』《イ 213頁》

そうするとグラーイネは
「呪い、掟、禁忌(ゲイス、ゲース geis geasa)」をディアミッドに与えます。

『今夜、国王フィンやアイルランドの首領たちが目ざめる前に、
 この城から私を連れて逃げ出すことを、おんみの掟(ゲース)として課します。
 さもなければ危険と破滅が起きます』《ウ 47頁》{*注1}

その「呪い」によって、いやいやディアミッドはグラーイネをつれて逃避行を繰り広げるわけです。

それでも自分の身の潔白を王に知らせるために、
毎晩床をともにせず、グラーイネはイラクサの床に、ディアミッドは砂の袋に寝て
二人はその間に石(もしくは剣)を置きました。
そして出発の時には生肉を置いて立ち去ったのです。 {*注2}


毎日毎夜グラーイネはディアミッドを誘惑しまくり(笑)
信じられないことにこの朴念仁はそれでも、屈しなかったのですが、
ある日二人は川を渡ります。
ここはなかなか面白い(というかエッチな 笑)描写であるので、しっかりと抜き出してみましょう。
こういうところには俄然力が入っちゃうわたしであります(笑)。

 彼女は勇を鼓してディアミッドの傍らを大股に歩き出した。
と、一抹の水しぶきが足指の間を抜けて跳ねあがり、それが彼女の太腿のところに当った。このとき彼女はものやわらかく、何か気にするような調子で言った。
 「まあなんて嫌な、おかしな飛沫だこと! そなたはディアミッドよりかも大胆だわ!」
 「いまあなたはなんと言われました、おお、グラーイネよ」と、ディアミッドは訊ねた。
 「何でもないの」と、グラーイネは答えた。
 「そうではありますまい。その理由がわかるまで、わたしのこころは穏やかではない。気にかかることを聞いたように思うから」
 そこでグラーイネは、口ごもりながら、はじらいながら、謙虚に言った。
 「ディアミッド、そちは戦と闘いの場にあっては勇悍で雄々しいわ、でも、この一抹の水しぶきの方がそなたよりももっと大胆だと思ったの」
 「おお、グラーイネよ、それは本当です。フィンのことを恐れて、これまで長いあいだあなたに触れずにきましたが、もう、これ以上、あなたの非難には堪えられませぬ。本当に女性に気を置くことはむつかしい」
 ディアミッドはグラーイネを、そこで初めて妻として扱い、彼女を茂みの中につれて行った。その夜、彼は野の鹿を一頭殺して、その肉を食し、新鮮で爽やかな水を腹いっぱいに飲んだ 《ア 71頁》{*注3}


 で、ディアミッドとグラーイネはしばらくのあいだ幸せに暮らすのですが、結局のところ、ディアミッドはフィン王の姦計によって殺害されて、グラーイネはフィン王の許に戻ります。

 フィンと狩に出てきていた部下たちがよってきた。ディアミッドの傷口から命が流れ出していくのをフィンは立ったまま見おろしていた。やがて冷たく耳ざわりな声でいいはなった。「愛のほくろのディアミッドも、これではかたなしだな」  《イ 271頁》
 
 ともあれグラーニアはフィンの妻として砦にとどまり、この世での最後の日までをここで過ごした。  《イ 279頁》


んでもってトリスタンとこのディアミッドの比較するべき点をいくつか。


{注1}「ゲイス」と、(スレ記事1)のあらすじ【F.媚薬】です。
「呪い、掟、禁忌(ゲイス、ゲース geis geasa)」とは何でしょう?


「ゲース」とはタブーにもとづく、呪術的、精神的束縛を意味するが、これを他人に課すことのできるものは、ドルイド(ケルトに伝わる宗教ですね ぴっぽ注)祭司、あるいは妖精型の女性などに限られる。古ケルトでは、人は生まれながらにして効した掟にしたがわねばならぬ。女性の役割が大きかった古ケルトでは、妖精型の女性からこの呪縛を受けた男性は、その瞬間から宿命的な冒険の道にひき入れられ、これを拒否する力をもたない。そしてこの呪縛は、男声をそれまでの規制秩序から脱出させて、新たな変革的な人間に生まれ変わらせるのだ。こうした呪縛(ゲース)の名残りはワーグナー楽劇『パルジファル』やその台本の物語の中で、妖女クンドリーが主人公パルジファルにおこうなう行為(聖杯の探索に入らせたり、接吻によって新たな生に目ざめさせる)にもみられる。《ウ 47頁》


グラーイネが列席者を眠らせた「眠り薬」は、意中のディアミッドには飲ませなかったという点において、
トリスタンが飲んだ「媚薬」とはまったく正反対の作用を持っています。
またグラーイネが発した「ゲイス」は「媚薬」のより原始的なものと、解釈できます。




{注2}「横たわる二人の間を阻む剣」と【I.モロアの森】。
こちらの名残は
モロアの森で暮らしていたときにマルク王が発見する逢びき現場に横たわる、抜き身の剣に発見することができます。
マルク王はこの剣によって二人の身の潔白をコロッと信じちゃうわけですね。
(「愚かなリ、マルク王!」とわたしなんぞはツッコんじゃいますが 笑)。
でもどうしてトリスタンが運良く抜き身の剣を置いていたかは、
ディアミッドがそうしていたからだけでは理由がつかないような気がしますので、
こちらの件については、またの機会にもう少し考えてみたいと思います。



{注3}「股にかかる水」と【K.白い手のイズー】
この股の水の話は麗しのイズーのほうではなく、もう一人のイズー、すなわち「白い手のイズー」の挿話の中で変形して出てきます。
白い手のイズーが馬で川を渡っていたときに兄カエルダンに向かって言う台詞
『さっき水がとびかかったとき、わたしその水にこういったのよ、《まあ、お前ってば、あの大胆なトリスタンさまよりか、もっと大胆だわ!》と』
その台詞から兄は、妹とトリスタンのあいだに肉体関係がないことを知るわけです。
4003250311トリスタン・イズー物語  ベディエ 佐藤 輝夫 208、209頁)

(一体どこを濡らしてんのやねん、いや〜ん、お水さんもやるもんだ 笑)

また、股といえば(あ、オヤジギャグ 笑)、【J.灼熱の裁き】のイズーの釈明
『今しがた駄馬のかわりをつとめ、
浅瀬の向こうに運んでくれた癩病み、
それに我が夫のマルク王以外に、
いかなる男も我が股の間に入ったことなし』
([ベルール版] 信仰と愛と フランス中世文学集 1  新倉 俊一著456004600X 257頁 白水社)

も思い出されてきます。


ディアミッドとグラーイネの隠れ家がフィン王に発見されたのは、
ディアミッドが食事の準備をしたとき、「串を削った削りくず」が小川を流れていき、
それが偶然狩をしていた国王の目に留まったからでした。
これもトリスタンがイズーに送る逢びきの合図(木の皮や木片を削ったもの)に片鱗を伺うことができます。



*デアドラとニーシャ
こちらも国王コノハーの未来の妻に定められたデアドラが、家臣のニーシャに恋をして、駆け落ちを迫ります。
二人は逃避行と戦いを続けますが、結局のところ、ニーシャはコノハー王に殺されます。
で、注目するべきはその死の場面ですね。


 デアドラは「夫にくちづけさせてください」と、こう言って、ニーシャにくちづけ、ニーシャの血を啜りながら、
哀悼の短詩(レー)をうたってから、墓の中に坐り、三度夫の口にくちづけて、墓穴の中におりていった。
 コノハーはニーシャとデアドラが死んでもなお一緒に居ることを怒って、墓の中で二人を引き離すように命じた。
けれども朝になると二つの墓穴は口を開いて、ニーシャとデアドラは一緒になっていた。
 コノハーは二人の体を永久に引き離して置くようにと、二つの体の間にそれぞれ「いちい」の木の棒杭を立てさせた。
 するとその二本の棒杭から二本のいちいの木が芽生えて、ぐんぐん成長し、大聖堂の上で互いに絡みあった。《ア 99頁》


 こちらはそのまま【M.白い帆、黒い帆】の二人の最期の場面に参照できると思います。



 またディアミッドやニーシャが、国王によって殺されたという、愛人男性(トリスタン)の死の場面は、「白い帆黒い帆」によって霞みがちですが、
(おそらく原初的トリスタン物語のいくつかもそうらしいです、)マロリーによって再び浮かび上がってきます。


この裏切り者マルク王はまた、トリストラム卿という気高い騎士をも殺した。トリストラム卿が恋人の美女イズーの前でハープを奏でているときに、鋭利な槍で刺し殺した。彼の死はアーサー王時代のすべての騎士から嘆き悲しまれたものだ。

   4480020756アーサー王の死  トマス・マロリー    333頁



ディアミッドとグラーイネ、デアドラとニーシャの駆け落ちは
トリスタンとイゾルデの逃避行【H.トリスタンの跳躍】〜【I.モロアの森】のあたりに、影響を及ぼしていると考えられるでしょう。



 以上からこれらのケルト伝承の挿話が、時代を経るにつれて組み合わさり、次第に「トリスタン物語」が形成されていったのだと考えられませんか?



【参考文献】
《ア》「トリスタン伝説 −流布本体系の研究-」 佐藤輝夫著 (中央公論社)

《イ》ケルト神話 黄金の騎士フィン・マックール
ローズマリー サトクリフ Rosemary Sutcliff 金原 瑞人
459353383X


《ウ》騎士と妖精―ブルターニュにケルト文明を訪ねて
中木 康夫
4276370302音楽之友社 1984-01

ケルト神話 炎の戦士クーフリン
ローズマリー サトクリフ Rosemary Sutcliff 灰島 かり
4593533821




(ちょいと脇道)
ゲイスがどれほどの効力を持つのかは不明です。
相手に対して一回だけとか、それほど頻発できるものではないようですね。そうじゃなかったら
「ディアミッド、私を抱くことをおんみのゲイスとして課します」
「国王フィンよ、私たちを追ってこないことをゲイスとして課します」
で話が終っちゃいますものね(笑)

ゲイスは話のきっかけ、
としてとらえるものなのかな〜と考えておりますが…。

どなたかゲイスについて詳しい方いらっしゃいませんか?


今回も長文にここまでお付き合いくださいましてありがとうございました。
posted by ぴっぽ at 13:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 成立と発展

2006年09月07日

カースル・ドアーのトリスタンの石碑

・カースル・ドアーのトリスタンの石碑

 まずはコーンウォール地方がどこにあるか、おさらいをしておきましょう。
 皆さんがご存知の通り、イングランド大陸の南西部、一番下の左端っこです。
 こちらの地図を見てください。
cd.jpg


 コーンウォール地方の中でもアーサリアン、トリスタンマニアとしてチェックしておくべき特に重要な場所は

 A.ティンタジェル(Tintagel)

 B.ドーズマリー・プール(Dozmary Poor)

 C.カースル・ドアー(Castle Dore)

 の3つです。


 A.ティンタジェルはもう説明不要ですね。
  アーサー王生誕の地であり、またマルケ王の居城があったとされている場所です。
 城跡の近くには「マーリンの洞窟」と呼ばれている場所もあり、観光名所となっています。

 B.ドーズマリー・プールは、ボドミン・ムーアと呼ばれる広大な荒野(ムーア)の中ほどに位置する湖です。
 この湖に瀕死のアーサーが、ベティヴィアに頼んでエクスカリバーを投げ込ませた、と言われています。

 C.カースル・ドアー
 港町フォイ(Fowey)に近いこのカースル・ドアーに、マルケ王のお城があったとの言い伝えがあります。

 トリスタンとモロルトが決闘したのはフォイに近いサン・サンプソン島(あらすじ 【B.モロルトとの決闘】)

 トリスタンが跳躍したのはセント・キャサリン岬(St. Catherine Point)であり、
 「トリスタンズ・リープ(Tristan's Leap)」と呼ばれる岩が残っているらしいです。【H.トリスタンの跳躍】


余談に入れば
 地図D.マルパ(Malpas)が【J.灼熱の裁き】に使われた川瀬
  (近くのモレスク(Moresk)の森が【I.モロアの森】)

 ということになっているようです。
 実際に物語の舞台の地名があるとなると、俄然、親近感と言うか、現実感が湧いてきますよね。
 


次に、
これらの写真をご覧ください。
Tristam.jpg Tristam2.jpg


カースル・ドアーに残る、「トリスタンの石碑」(Tristan Stone) です。

このトリスタン石は6世紀ごろの遺跡で、刻まれている文字は
「DRVSTANVS HIC IACIT CVNOMORI FILIVS」です。

(これらの説明文は写真右をご参照ください。)

DRVSTANVS→Drustanus(ラテン語)
ウェールズ語のDrostan、Drystan(騒乱、喧騒)→つまりTristan

英訳すると
Here lies Tristan and Son of Cunomorus
(ここにコーンウォール王の息子トリスタンが眠る)

Cunomorusは6世紀のコーンウォールを治めていた王の名前で
「Qunomoriusと他の名前で呼ばれていたMarcus」と歴史文献に記述があることから
マルケ王のことだろうと推察されます。


このトリスタン石には続きの文章が刻まれていて、それが
「CUM SOMINA OUSILLA」

訳して
with Lady Ousilla
(レディ・オーシラとともに)

OusillaはAdsilta(見つめられる女人)のラテン語形で
コーンウォール語ではIselt→つまりIseult,Isoude,Isolde


また10世紀頃には、Hyrd Eseldなる小川の名前が残っているそうです。
(地図のE地点。)



つまり、このトリスタン岩に刻まれているのは
「ここにコーンウォール王の息子トリスタンが眠る。レディ・オーシラとともに」
であり、
トリスタンとイゾルデがともに埋葬されているらしいこと、
トリスタンとマルケ王の関係は「伯父、甥」ではなく「親子」になってくるのではないか、と推察されます。


この「親子」に対するヴィーラント・ワーグナーの興味深い解釈がありますので、引用しておきましょう。

 
有名なドアー城に残る石碑によれば、トリスタンはマルケ王の本当の息子だったらしい。もっとも、こうした一考に値する解釈には、より深い意味合いがあるように思う。なぜなら、脚本上だけではなく、音楽的にも《トリスタン》の第2のテーマとして描かれている父と息子の永遠の対立のほうが、伯父の妻との貫通よりも悲劇的(そして神秘的)に感じられるからである。フロイトの分析で、人間の内なる潜在的対立としてもっとも広く知られている。

   〜ワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》における伝説的なるものについて CDベーム盤の解説より


こうなると「父親殺し」「エディプス・コンプレックス」の隠れ主題が浮かび上がってきますね。
心理学的に言うと、【E.竜退治】は「父親殺し」そのものの行為ですし、イゾルデと繰り返すランデヴーは、母親を知らずに育ってきた反動、母性への憧れ、とも取れます。
ヴェルディのドン・カルロ的と言ってもいいかもしれません。



**************
参考資料

コーンウォール―妖精とアーサー王伝説の国
コーンウォール―妖精とアーサー王伝説の国

 井村君江著 (東京書籍)

Tristan Stone

Places of Interest In and Around Fowey


Arthurian Sites in Great Britain


Cornwall

Castle Dore and the Tristan Stone, Fowey, Cornwall


The Tristan Longstone



もしこれらの土地を実際に訪れたことがある方がいらっしゃいましたら、
ご感想をお聞かせ願えれば幸いです。
posted by ぴっぽ at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 成立と発展

トリスタン物語の成立と発展/あらすじ

 こちらでは、文学的な立場から「トリスタン」に接近してみようと思います。
 すなわち西洋中世から現代に至るまでトリスタン物語が如何に伝播していったか、の簡単な流れなんぞを資料を提示しつつ、一緒にお勉強できればいいかなと考えています。


ちなみに予定しているのはコチラ

・トリスタン物語のあらすじ
・カースル・ドアーのトリスタンの石碑
・ケルト伝説 〜ディアミッドとグラーイネ
・トルバドゥール 〜ベルナルト・デ・ヴェンタドルン
・エストワール 
・流布本体系  〜ベルールからアイルハルトへ
・騎士道物語本(風雅本)体系 〜トマからゴットフリートへ
・マロリーのトリスタン
・ベディエ
・サトクリフ
・研究資料

 あとは、「媚薬」や「モロアの森」等に対するちょっとした考察ができればよいかな、と。
 変更するかもしれませんし、予定しているものが全部出来るかどうかは分かりません。ホントに簡単なメモ程度の記述ですから、内容について過度に期待しないでくださいネ(笑)。ゆっくり更新して行こうと思いますので、よかったらのんびりお付き合いくださいませ。


 素人がかき集めた文献や資料から情報提示するゆえ、記述間違いや思い込みもあるかと思いますが、突っ込み&訂正は大歓迎です。
 (わたしがいい加減であることは、既に皆様ご存知かと…笑)むしろお願いします。
 感想や議論、質問なんぞ一言でも頂ければ、当方の励みになります。




・トリスタン物語のあらすじ

 まずは基本形。
 一般的に広く「トリスタンとイゾルデ」物語として知られているものの、あらすじからご紹介してまいりましょう。


---------------

A. リオネスの騎士トリスタンは出生時に両親を亡くしたことから「悲しみの子」と名前を付けられていた。【生い立ち】


B. 伯父であるコーンウォールのマルケ王に仕えていたトリスタンはある日、貢物を巡ってアイルランドの豪傑、モロルトと決闘する。激闘の末どうにかモロルトを倒したものの、トリスタンも傷を負う。【モロルトとの決闘】


C. モロルトの剣の毒を直せるのは、秘術を使うアイルランドの王妃と王女だけだった。トリスタンは身の危険を承知で身分を隠して、アイルランドへ赴いた。楽師「タントリス」と名乗り、まんまと治療を受けたトリスタンは、体の具合が良くなるとすぐアイルランドを去る。【アイルランドへの旅1回目】


D. コーンウォールではマルケ王の王妃候補がいろいろ取り沙汰されていた。アイルランドの王女イズーが最適との結論に、トリスタンは王の使いとして再びアイルランドへ向かう。【アイルランドへの旅2回目】


E. アイルランドでは国を襲う竜の被害に悩まされていた。竜退治したものにはイズーと結婚させるというおふれが出ていた。トリスタンは見事に竜を倒し、イズーを得る。過去の遺恨は流され、イズーはコーンウォールの王妃になる取り決めが交わされた。【竜退治】


F. アイルランドの王妃は秘術を尽くして、愛の媚薬を作った。王妃は、婚礼の日にマルケ王とイズーの盃にこっそり入れるように侍女に指示して薬を託した。
 コーンウォールへと向かう船上で、喉の渇きを覚えた二人は酒を飲む。たちまちお互いの存在しか目に入らなくなった。その飲物こそがアイルランドの王妃が醸した愛の薬だった。【媚薬】


G. マルケ王とイズーが結婚したあとも、二人はこっそり逢引を続けていた。疑惑を抱かれながらも、周囲やマルケ王の目を上手く欺いていた。【大松】


H. 小びとのフロサンの姦計により、ついに恋は露見する。トリスタンはイズーを連れて城を脱出する。【トリスタンの跳躍】


I. ある日狩にモロアの森へ向かったマルケ王は、小屋で寝入っている甥と妃を発見する。二人の間に抜き身の剣が横たわっているのをみると、罪を許し、自分の剣に取替え、手袋を置いて立ち去った。【モロアの森】


J. 眠りから覚めた二人は王の寛大な処置を知り、トリスタンはイズーを城へ戻す決心をする。イズーは裁判で身の潔白を証明する。【灼熱の裁き】


K. 放浪の旅を続けるトリスタンはブリュターニュでカエルダンという騎士と親友になり、妹と結婚する。その名は「白い手のイズー」だった。結婚したものの、「麗しのイズー」を忘れよう訳も無く、新婦には指一本触れる事が出来なかった。【白い手のイズー】


L. 恋に苦しむトリスタンは狂人に姿をやつし、イズーの許を訪れる。【狂えるトリスタン】


M. やがて戦いに傷ついたトリスタンは、自分の傷を治せるのは恋人だけだと、窮地をコーンウォールに知らせる。首尾良くイズーを連れてこられた暁には船には白い帆、無理だった場合には黒い帆が掲げられることになっていた。この話を盗み聞きしていた「白い手のイズー」は嫉妬の炎を燃やした。
 やがてコーンウォールからの船が到着した。息も絶え絶えにトリスタンが帆の色を尋ねる。妻は無情にも見えている白とは違う色を言った。「黒い帆です」。哀れトリスタンは恋人の名を三度呼び、息絶えた。直後に到着したイズーも悲しみの余り心の臓をつぶしてしまった。
 マルケ王の計らいで二人は隣同士に葬られた。やがてお互いの墓から木が生い茂り、枝が固く絡み付いて決して離れることは無かった。 【白い帆、黒い帆】

---------------

 あらすじを読むと、ワーグナーが如何に物語を切り取り、簡略化しているか、お分かりいただけると思います。
 つまり、ワーグナーが採用しているのは
 1幕 F.媚薬
 2幕 G.大松 H.トリスタンの跳躍 の変形
 3幕 L.狂えるトリスタン M.白い帆、黒い帆 の変形
 ということになりますね。


 もう少し詳しく知りたいという方は、ベディエの「トリスタンとイズー物語」佐藤輝夫訳(岩波文庫)をお読みください。
トリスタン・イズー物語

 これからの記述に対しても、より理解が深まることと思います。
posted by ぴっぽ at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 成立と発展